獅子座の新月

台風通過以降、大阪でも涼しい日が続いていましたが、また暑さがぶり返してきました。まだまだ夏は続きそうです。

さて、今日は新月のお話。次の新月は8月22日。3時30分ごろ、獅子座の位置で新月を迎えます。もうすぐ太陽が乙女座に入ろうかという後半ぎりぎりのタイミングの獅子座の新月ですね。この日は、日食の日でもあるそうです。残念ながら日本では日食は見ることができませんが、アメリカ大陸では、皆既日食や部分日食を見ることができるようです。なんだか特別な始まりのタイミングの新月のような感じがしますね。

サビアンシンボルとしては、獅子座の29度「人魚」というものになります。

獅子座も29度になると、180度お向かいの水瓶座と次の星座である乙女座のニュアンスが混じり合って、前半の「ザ・獅子座」みたいな単純明快さよりは複雑化してくるんですが、人魚というと、水の要素も感じたりしますね。こう・・・無意識化にあったものが、徐々に意識化にのぼってきて、そこに形が与えられて、いよいよ外に出てくる、みたいなそんな感じです。そこには時間や産みの苦しみがありながらも、試行錯誤しながら、ようやっと形になってくる、みたいなそんな感じ。何か、心に抱き続けていた構想や企画、夢、みたいなものがあれば、それを具体化していく、外に出すための形を模索していくタイミングとしては、この新月はいいタイミングかもしれません。

ただ、水星は逆行しているので、形にする作業の完成については急がない方がよさそうな感じです。こうだ!と決めきってしまうと、後でやり直し、リセット、みたいなものがきて、がっかりしてしまいそう。むしろ、あれやこれやと試行錯誤することも含めてそれも、完成への過程だと思って楽しむくらいの余裕を持っている方がいいような感じ。水星の逆行は9月の5日ごろまで続きますので、それまではあれやこれやといろいろ試してみてください(笑)自分自身がワクワクする方向を選ぶと、いいですよ。

このところ立て続けに「龍の誕生」みたいなキーワードも耳に入ってくるんですが、この「人魚」のサビアンシンボルのタイミングが興味深いです。ハイブリッド、融合系、みたいな言葉も浮かびます。実現はまだ少し先でしょうが、先であるからこそ、実現しそうな規模の夢ではなく、大きなビジョンに方向を与えていくようなことを意識していくと時流に乗っていけるかもしれません。


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# by sound-resonance | 2017-08-21 21:00 | 星読み | Comments(0)

怖い絵展を見に行ってきた その2

前回のつづきです。

今兵庫県立美術館で開催中の「怖い絵展」の一番のウリというか、見処というのはなんといっても「レディ・ジェーン・グレイの処刑」という絵。チラシや看板などにも大々的に取り上げられています。この絵が日本で公開されるのは、今回が初めてなのだとか。1833年、ポールドラローシュの作品です。
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思ったより、でかい。

チラシやなんかで見てると、大きさの見当がつかないこと、プラス前半は版画やなんかの小さい作品も多いので、この絵も案外小さかったりして・・・なんて思ってたんですが、想像以上に大きい絵で、この絵は、行列に並ばなくても遠目からも見れます(笑)

レディ・ジェーン・グレイとは、イギリスの王位(権力)争いに巻き込まれ、女王の座についたものの、対立体制に女王の座を追われ、処刑された女性。彼女の在位期間はわずか9日間だったといいます。彼女の次に王位についたのが「ブラディマリー(メアリー)」として知られるメアリー女王で、彼女が熱狂的なカソリック教徒であったため、プロテスタントは激しい弾圧にあいました。

ジェーン・グレイが王位に就いたのは、15歳の時。王位を追われ、ロンドン塔に幽閉された後、反逆罪で処刑されたのは16歳です。絵の方は、彼女がいよいよ斬首されるという場面を描いています。

まず目を引くのが彼女が着ている純白のドレス。シルクサテンのような艶のある生地のドレスは、そう遠くない瞬間にはこの白いドレスが彼女自身の赤い血で染まるのであろうことをいやが応にも想像させます。ドレスは襟元が大きくはだけられ、首があらわになっています。長い亜麻色の髪も首を切りやすいように片方に流されています。同じく白の布で目隠しされている彼女は、自分の首を載せる台を手探りで探しています。その手の薬指には結婚指輪がはめられていますが、この指輪こそが、彼女を処刑という運命に導いた政略結婚の証なのです。

こ、怖い・・・

脇には、彼女が直前まで身につけていたのであろう宝飾品を手に嘆く侍女、柱に寄りかかって泣き崩れる侍女、けなげに断頭台を探すジェーンを支える男性、首切り役人の姿も描かれています。

まあ、確かにこの絵は、この絵の背景がわかると怖さが増しますね・・・・

でも、もうひとつ怖いと思うのは、この絵に「演出」が入っている、ということ。昔の話なので、真相は定かではありませんが、実際の処刑時のジェーンは、このような純白のドレスを着ておらず、目隠しもされていなかったという風にも言われているのだそうです。確かに、幽閉されてからの処刑なので、わざわざこんなシルキーなドレスで処刑されるとも思えない。彼女自身の血で赤く染まるのは何よりも白いドレスである方が、彼女の衣装が結婚衣装を連想させる方がより、そして、彼女が目隠しをされている方がより、悲劇性が増し「怖い」、この「演出」を画家が意図的に行ったのか、画家の旺盛な「想像力」なのかは定かではありませんが、そうやって、「作られた」ビジュアルが、史実を変えていく、というか超えていく感じが、面白いともいえるし、怖いともいえるな、と思いました。

「怖い絵」の著者、中野京子さんが、怖い絵というテーマで本を書こうと思ったきっかけになったのが、マリーアントワネットの処刑直前の様子を描いた1枚のスケッチだったのだそうです。
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走り書きのような極めて簡素なスケッチの中に、画家の悪意のようなものが垣間見えて、それが「怖かった」のだそう。確かに、栄華を極め、贅沢の限りを尽くしたとされているマリーをもう少し「美しく」描くこともできたでしょう。でも、画家はそうしなかった。そして、それがマリーアントワネット最後の姿として、後世に語り継がれていくのです。

他にも、ヘビに自分を噛ませて自殺したというクレオパトラが、裸ではなく、着衣だった、とか、絵画によって、史実とは違ったイメージができあがった例というのはたくさんあるようです。そうやって伝説って生まれていくのだなあ、みたいな・・・(画家、もしくは鑑賞者のエロチックな欲望を満たすための絵画の存在も感じましたが、この件については、またの機会に)本人の意図とは無関係な場所で、フィクションがさもノンフィクションのように語られていく様が怖いな、とも思ったのでした。

「レディ・ジョーン・グレイの処刑」の絵は最後のお部屋にあって、私がその絵を至近距離で鑑賞できた時には、すでに閉館間際、それでも、まだまだ人は引かず、最後は警備員さんの丁寧な言葉遣いながら追い出しに追われる形でちょっとずつ人が引いていきましたが、閉館ぎりぎりいや、閉館時間を過ぎてもなおあんなに人の残っている展覧会というのも初めてでした。自分のペースでなかなか鑑賞ができないので、余裕を持った入館をおすすめします。ちなみに、普段は10時から18時までですが、金、土は、20時まで開いてますよ。

夏と恐怖はつきもの、冬の開催ならあんなに人が入らなかったような気もしますが、絶叫マシーンとかお化け屋敷的爽快感を求めて、展覧会に行くとえらい目にあいます。どちらかというと、やりきれない、とか、やるせない、とか、後味悪く心理的にビシバシくる作品もありますので、その辺りはご覚悟を。

「怖い絵展」兵庫県立美術館 9月18日まで


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# by sound-resonance | 2017-08-19 19:19 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

怖い絵展を見に行ってきた

兵庫県立美術館で開催されている「怖い絵展」を見に行ってきました。

中野京子さんのベストセラー「怖い絵」発売10周年を記念した人気の展覧会とはいえ、お盆あけの平日、午後2時過ぎ、このくらいの時間帯だとさすがにすいてるだろう、とタカをくくり美術館に到着するも、なんとチケット売り場に長蛇の列。待ったり並んだりということに極度に耐性のない私、チケット買うために並ぶ気になれず、ちょうど同じ美術館でやっていた「ブータン展」を見ることに。

なんで、いきなりブータン!?つい数分前までブータンのことなんて頭に露ほどもなかったのに、と思いつつ、そういえば、この国の王様と王妃様って美男美女カップルだったよね〜、なんて思いながら、楽しく鑑賞。ま、その話は気が向けば書きますが、ブータン展を見終えて、会場を出てきたら、列のできていたチケット売り場から列が消えておりまして、お、これはいけるかも、なんて思い、ついついふらふらとチケットを買ってしまったのでありました。やっぱり、ブータンじゃなく(いや、ブータンはブータンで面白かったんですが(笑))、怖い絵を見に来たんだもんね、後ろ髪引かれる思いで帰るよりは、目的の展覧会を見て帰りたいですよね。

その時、すでに午後の4時。美術館に行くと、ゆっくり見たい派なので、美術館にこんな遅い時間から入ったのは初めてです・・・午後5時閉館の美術館が多いですが、兵庫県立美術館の怖い絵展は、午後6時までやっています。

だがしかし。午後4時過ぎだというのに、中に入ってみると人がうようよ。大きい油絵だと遠目にでも鑑賞できるんですが、版画とか小さくてしかも白黒の作品もたくさんあるので、近くに寄らないと、絵が鑑賞できない。となると、必然的に列に並ばなければならない・・・・うーん、混んでる美術館って、ストレスがたまりますね・・・・絵を見るのも好きだけど、広くて静かなのが美術館のいいところ、なのに・・・・この前に「ブータン展」を2時間ほどかけて鑑賞しているのもあり、足は痛いし、集中力の途切れる中、人も多いし、もう、いっか、みたいな投げやりな気持ちになりつつ、1つ、見たい絵がありました。

それは「ビール通りとジン横町」という絵。絵というより版画ですね。
この版画のことは、「ボンベイ・サファイア」というジンを買った時に知ったんですが、幸せ・健康の象徴としてのビールと、貧困と不道徳、不健康の象徴としてのジンを対比させた版画です。

左がビール通り、右がジン横町。
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この版画の作られた18世紀当時、ビールには高い税金がかけられており、その「高い酒」を飲むことができるのは比較的裕福な人たちだけだったんだそうです。

それに比べてジンは税金のかからない安いお酒、ビールを買うことのできない貧困層はこの酒を買うしかないわけです。しかもアルコール度数が高いので、すぐに酔える。働けど働けど、ちっとも楽にならない生活、苦しい現実を忘れるために、アルコールの高いジンを浴びるほど飲む、酔っぱらって、何がなんだかわからなくなってとんでもないことをしでかして、さらに転落人生。貧困のスパイラルからは決して脱することはできないのです。

こういった当時の事情から、ジンは「安酒」「不道徳な酒」みたいな悪いイメージがついちゃったわけです。実は私も先日「ボンベイサファイア」の記事を書いた際、「透音さん、ジン飲むんだ、なんか意外」と言われたことがありました。まあ、「イメージにぴったり♡」と言われるよりはいいんですが(笑)、ちょっとジンがかわいそうな気もします・・・・。でも、確かにこの版画を見ていると、「ジン、怖い・・・」みたいな気になってきちゃいますよね・・・というのか、当時のジンの扱いがよくわかる感じがします。しかし、ジン横町の方ばかり気になって、ビール通りの方がどうでもよく思えちゃうのはなぜだろう・・・(笑)
「ジン生、いろいろ」なんていう、中野京子さん自らのキャッチフレーズが添えてありましたが、この版画、どう見ても、ジン横町が主役だよね・・・

というわけで、見たかった版画を生で見れたのはよかったんですが、この展覧会の一番の見処はここではありません(笑)もっと注目するべき大作があります。というあたりで、つづく・・・・
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# by sound-resonance | 2017-08-17 21:49 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

パプリカ!

暑いんだか涼しいんだかよくわからない気温が続きますが、お盆を過ぎまして、いよいよ8月も後半に突入ですね。透音もほんの少し帰省しておりまして、久しぶりに透音パパ作の夏野菜をもらって帰ってきました。

ゴーヤとかなすびとか、オクラとかいろいろもらってきたんですが、今日はその中でもパプリカを紹介。大きくてとても綺麗なパプリカをたくさんもらってきました。
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パプリカって肉厚で甘いので、サラダとか生で食べる人が多いと思いますが、私はピーマンと同じ扱いで炒め物に使っちゃうことが多いです。
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って、ピーマンとパプリカってどう違うねん!?
どうも、たいした違いはないみたいですね・・・(笑)ピーマンもパプリカもトウガラシの改良種で、ピーマンはシシ型、パプリカはベル型という違いがあるようですが、辛くないトウガラシという意味ではほとんど同じだといってもいいようです。

とはいえ、先ほども書いたように、ピーマンは火を通す、パプリカは生で、みたいな使い分けをしている方も多いと思いますが、ピーマンも採りたては、生で食べてもとっても美味しいですよ。ピーマンが嫌いという人も案外多いみたいですが、個人的にはこんなに美味しいものを、なぜ?と思ってしまいます・・・・思うに、最初の出会いが悪かっただけじゃないかな、みたいな・・・。そんな方もパプリカだと青臭さがほとんどないので、ハードルが低いかも。生食にこだわらず、ぜひ炒め物などいろいろなお料理に使ってみてくださいまし。

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# by sound-resonance | 2017-08-15 19:19 | 音・色あれこれ | Comments(0)

なくしもの

先日作った月と鳥モチーフのレジンワークの写真を載せましたが、実は同時期に小さめの銀色の月と鳥も作っておりまして、先日の金色のものと一緒に窓辺で太陽光に当てていたところ、銀色バージョンの方がどこかにいってしまいました。たぶん風で飛ばされて、どこかに落ちちゃったんだと思いますが、まさか屋外に飛ばされたわけでもないだろうし、家のどこかにあると思って、ペンライトなんぞ使ってサイドボードの下なんぞ探してみたんですが、なぜか見つかりません。いや、絶対どこかにあるはず、なんですが、見つからない。

なくしものってそういう時がありますよね。どう考えても、家の中にあるはずになぜかいくら探しても見つからない、こつ然とモノが消えてしまう時。こういう時はやっきになって探しても精神衛生に悪いだけなので、一旦あきらめるしかないんですが、パラレルワールドがホントにあるんじゃないかな、なんて思ったりもしてしまいます。「こっち側」にいる間は絶対に超えられない時空のすきま。何かのはずみに「あっち側」にひょいと移ると、なくしものは、え?なんでここから??ここ、何回も探したのに〜!!みたいなところからひょいと出てくる。でも、その探し物は、「あっち側」には、ずっとそこにあって、自分が「こっち側」にいたから、「見る」ことができなかった、みたいな。時間って、連続したものではなくて、もしかすると、限りなく微細な映画のコマのようなものなのかもしれませんね。

それにしても。月と鳥、銀色バージョン、どこの時空にあるのやら。再会の日はやってくるのだろうか。けっこうお気に入りだったのにな・・・・
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# by sound-resonance | 2017-08-13 20:59 | 音・色あれこれ | Comments(0)