藍の国 ニッポン

 このところ、地震のことで、意識している以上に動揺しているようで、なんだか落ち着きません。毎日をいつも通り平穏に過ごしてはいるのですが、こんなことしてていいのだろうか、とかなんとか・・・何ができるんだろう、どうしたらいいんだろうって、思いながらも具体的な手段が見つからないで、落ち着かない日々を過ごされている方も多いかもしれませんね。でも、まずは自分のグランディング。心を落ち着けて、日々自分ができることをやる、その中で次に自分にできることが見つかる、そう信じて毎日を過ごしましょうね。

 ということで、私も普段どおりのブログを、そろりそろりと再開してきたいと思います。

 先日、「あなたのオーラは何色?」という本によると、私のオーラがインディゴだったという話をしました。その後何人かにテストをやってもらったのですが、「???当たってるんじゃない?あんまり興味ないけど・・」という人もいれば、「だいたい当たってると思う・・」という人もいて、まあ、当たらずとも遠からず、っていう感じでありました。

 「インディゴ」というと、今はジーンズの色を思い浮かべる方が多いと思いますが、日本でも「藍色」は古くから愛され活用されている色です。
 鎌倉時代には濃い藍色を「かちいろ(勝色)」といって、武士が好んで使用したそうです。サッカーのワールドカップのサムライジャパンのユニフォームのブルーって、そこから来ているのかもしれませんね。
 その後、室町時代になると、庶民にも藍色は広まって、江戸時代に木綿が庶民の衣服の主流となると、ますます、藍色は生活に密着した色になっていったようです。
 明治時代(明治23年)にラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が日本に来た時に当時の日本の様子をこんな風に日記に記したそうです。

 「青い屋根を載せた小さな家並み、青い暖簾を下げた小さな店屋。青い着物を着て、しじゅうにこにこしている小さな人たち。一般の人たちが着ている着物の地色は、紺色が大部分を占めているが、この紺色がまた、店屋の暖簾の色も支配している事がわかってくる。もっとも暖簾色には、水浅葱、白、赤、などという派手な色もある。ただし、緑と黄だけはない。〜極東の第一日〜」

 この日記の書かれた2年後に、英語の色名として「ジャパニーズブルー」という単語が登場し、「藍色=日本の青色」が定着したようです。

 藍には殺菌作用があって、あせもやなんかの皮膚病や虫除けにも有効らしいので、実用という意味でも庶民の作業着としてぴったりという側面もあったのでしょうが、藍の深みのあるブルーに日本人は特に親和性を感じていたのではないかな、なんて思ってしまいます。深く深く受け入れていく、信頼していく、変化をも信頼して受け入れていく、そこにあることを静けさを持って受け入れていく、そんな日本人の質が藍色に表現されているのではないか、と。だからしじゅう「にこにこ」していられるのではないか、と・・・・。

 私はというと、小中高とずっと紺色の制服を着ていて、卒業してやっと紺色の制服から解放されて、紺色の服はもう着たくない!と思っていました。それからすぐに某国際博のコスチュームでショッキングピンクを着てから、だんだんと私服でもカラフルな色を着るようになりました。今でも、紺色の服は持っていません。まあ、ジーンズは好きですけどね。
 でも、もう少し歳を重ねたら、エレガントなおばあちゃんになって、藍色の紬を着こなしてみたいな、とも思うのです。藍色の紬を着て、静かににこにこ笑っているおばあさん、憧れます。まだまだ道は遠いですけどね・・・(笑)

 今、藍の国、日本を世界中が驚きと賞賛を持って見守っています。ドイツ人であるコマラのお母さんもこの間の地震の様子をテレビで見ていて、「あなたが日本が好きな理由がわかった」と言ってたそうです。こんな時こそ、平穏の中にいましょう、そして、感謝して受け取りましょう、世界中から、形のあるもの、ないものを含めてたくさんのエネルギーが送られていますよ。

本藍染 雅織工房 を参考にさせていただきました、ありがとうございます。
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by sound-resonance | 2011-03-18 17:11 | 音・色あれこれ | Comments(0)