魂の色・魂の音

 先日友人とおしゃべりしていて、ふと思いついたこと。

 私は、3年前に母を亡くしました。西洋占星術の相性的には、必ずしも好相性ではなかった私たち、干支も『犬猿の仲』、血液型も違う中で、同性としてのジェネレーションギャップもあったりなんかして、愛されていることはわかりつつ、仲が悪いわけではないのだけれど、なんとなーく違和感も感じていたりもしたのでした。

 母が病気であることがわかってからは、もう先が長くはないことは、なんとなく本人も、家族もわかっていたから、母の用事にはできるだけつきあって、できるだけ一緒にいる時間を優先して、大切に時を過ごしていました。
 でも、母の死は、家族や周囲の予想以上に、突然で唐突で、本当にあっけなくて、これからのんびりした老後を、という年齢だったので、客観的には、早すぎる死、でした。
 私も、何かたがが外れたような感じになって、その後失語症のようになってしまい、お仕事も中断せざるをえない状況になり、長い長いリハビリ期間があったのですが(その話は、またいずれ機会があれば・・・)だからといって、母がいないという喪失感だけがあったのかというと、不思議とそうではなくて、なんだか広くて大きい場所から、見守られているような、そんな感じがあったのでした。
 星座の相性の悪さも、血液型の違いも、干支の犬猿の仲も、すべて飛び越えた所から、愛だけを送られているようなそんな感じ。言葉は通じない領域にいるけれど、でも、どこかで私の状況をつぶさに見守られているようなそんな感じ。でも「見られてる」のがいやじゃない感じ。この感じっていうのは、正直母の生前にはなかった感覚です。

『光は屈折し、別離し、さまざまな色彩としてこの世に宿る。植物からの色が抽出され、触媒されるのも、人間がさまざまの事象に出会い、苦しみを受け、自身の色に染め揚げられてゆくのも、根源は一つであり、光の旅ではないだろうか。』

 以前「直観について」で紹介させていただいた志村ふくみさんの文章。

 私たちがこの世に生を受ける時に、受け取る様々な属性があります。星座、血液型、干支、数秘のナンバー、名前、etc.etc・・・それらの属性によって、「あなたの性格は○○」なんていう枠組みができるかもしれない。でも、それは、私たちがその枠の中で、何かを学ぶためにあるのであって、元々はすべてを持った存在なのだと思います。
 サウンドレゾナンスでは、声を12色のスペクトルに分けることによって、あなたの光の旅が何色の旅であるのか、つまりあなたがどんな才能や、資質を持って、あるいは、どんなレッスンのためにここにやってきたのか、を探っていきます。
 でも、その「枠」はその人をがんじがらめにするものでは決してありません。すべての可能性(光)の中のどのレッスンをしに来ているのか、そんな視点でとらえれば、その色の旅をとことん経験してみるのも面白くなるのではないでしょうか。
 
 私は母が亡くなってからサウンドレゾナンスに出会ったので、母のボイスプリントを見たことはありません。でも、彼女の光の旅がどんな色の旅であったとしても、そのレッスンを彼女なりに無事に終えて、すべての色を含む光の存在に戻っていったのだと、素直に思えるのです。
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by sound-resonance | 2011-06-12 00:50 | 音・色あれこれ | Comments(0)