みなしと「焼きそば」

こんなことをいうと、「屁理屈!!」という感想しかかえってこなさそうだったので、ずっと胸に秘めていたのですが、常日頃疑問に感じていたことがありました。ここで思い切って言っちゃいます・・・・・・・

日清やきそばUFOって・・・・・・焼いてないやん!!

袋入りの「日清やきそば」は、フライパンで水を蒸発させて、ちょっとだけ「焼く」感じもするからぎりぎり許せるとして、容器入りのUFOは、あれは、「蒸しそば」であって、焼きそばではない。断じてない!なのに、たまーに無性に食べたくなって、食べたら食べたで、妙に美味しくて、敗北感満載の憎い存在のUFO。食べたかったら食べたらいいやん、美味しいんやったらええやん、っていう声が聞こえてきそうですが・・・・「女子」というにはさすがにはばかられる今日この頃の「大人の女」が食べるにはあまりにも危険な存在なのでございます・・・・(笑)

まあ、それはいいんですが、このところこの「UFO」の落としどころが自分なりに見つかってきました。

音と色から入って、科学と芸術についての様々な本を読んでいて、宇宙にまで行き着いてしまった私。
その中で、宇宙は物質(粒子)と反物質(反粒子)のバランスの微妙な「崩れ」から生まれたことを知りました。もしも物質と反物質が1;1の完璧なバランスを保ち続けていたならば、ビックバンは発生せず、この宇宙は誕生しなかったのです。「ズレ」が宇宙を「創造」したんですね。
宇宙の創造以来、この「ズレ」がポイントなのだと思います。マクロコスモス、ミクロコスモスの理論を採用するとするならば、私たちは生まれ落ちた瞬間から、この地球上で「ズレる」ことで、創造を繰り返しているのだと思います。宇宙の誕生において、微妙なズレがなぜ起きたのか、どうやって起きたのかは誰も知りません。そこに「神」を持ち出す人もいれば、「偶然」だと言う人もいる。もしかすると、「科学」がそれを解明するかもしれませんが、おそらく、それはこの宇宙が完全なバランスを取り戻す、すなわち、終わりを迎える時、のような気もします。

先日紹介した「錬金術とストラディバリ」の中で、科学は現実に対するわれわれの知覚を定量化するものであるという記述がありました。私たちは、そのすべてを知ることのできない世界から、何を見るかを「決め」、それを何であると「決め」、創造します。それは真実ではないけれど、こうであると「みなして」いくわけですね。
ここから、ものすごい飛躍しますが、そう思うと、「焼きそばUFO」も「みなし」から生まれた「創造物」なのかな?という気もしてきました。あの味が「科学の味」であることは誰もが認めることだと思いますが、存在そのものも「科学」だったんですね・・・(笑)美味しいし、便利だし、役に立ってるし、いいじゃん、という部分で焼いてないのに、「焼きそば」として認知されていく感じも、ものすごく科学っぽいです(笑)うむ、許す、許してつかわす、UFOよ(えらそう)
宇宙の誕生を知ることで、焼きそばUFOの存在を許せるようになるなんて思いもよりませんでしたが・・・・そう考えると、あのネーミングもなんだか絶妙ですね(笑)

そういえば、その昔、ボーイフレンドに「『え?違うんじゃないの?』と思うところから、どんどん話したくなる」って言われて、私としては共感してくれているものだとばかり思っていたので、ショックを受けたことがありました。でも、彼との会話も、「創造的な」会話だったのかもしれませんね。完璧にズレがなかったら、会話なんて生まれてこないのかもしれません。
ただし、そのズレって「美しく」あるためには、「微妙」であることがポイントで・・・・(笑)
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by sound-resonance | 2015-05-03 10:10 | 音・色あれこれ | Comments(0)