狼と七番目の竜

先日取り上げた「ピアノの平均律の謎ー調律師がみた音の世界ー」そんなに分厚い本ではないので、2回目読んでみると、最初よりは、よくわかるようになりました。だからといって、「謎」はやっぱり解けたわけではないんだけど(笑)

1オクターブを等分に12の幅に分ける(等分)平均律がピアノに導入される前、鍵盤楽器には、「中全音律」という音律が使われていたそうです。ピタゴラス音律は、完全五度(2:3)の関係を積み重ねていく音律で、ピタゴラスコンマが発生する部分をのぞく完全5度については、完璧に美しいハーモニーを奏でていましたが、ピタゴラスは、長3度については、「調和のとれた(る)和音」とは認めておらず、重要視していなかったそうです。ルネサンス以前の音楽界では、長3度は、下品な和音とされていました。なんで下品?その意味はよくわからないんですが、ハーモニーが「天上の響き」を持っていなければならなかったとすれば、長3度は、若干現実的すぎるというのか、フォークすぎたのかもしれませんね。ルネサンス以降、イギリスからやってきた3度、6度の和音がもてはやされたところから、長3度の音が重要視されるようになります。そこで、ピタゴラスが重要視した完全五度がずれても、長三度を完璧なハーモニーにしようとして考え出されたのが、中全音律です。音の幅の決め方は、ピタゴラス音律と同じで、完全5度を積み上げていくのですが、その完全五度を長三度が純粋になるように、縮めてあります。このやり方だと、長3度は綺麗ですが、ピタゴラス音律と同じで、やっぱりうなりのある五度(ウルフ(狼)の五度)は出てしまい、演奏できる調は限られていました。ウルフが出没しないように、作曲にもおのずと影響が出てきていたことだろうと思います。

今現在私たちが聴くことのできる演奏は、平均律で調律された楽器で演奏されることがほとんどなので、当時作曲された曲を聴いても、当時の人達が聴いたであろうハーモニーをそのまま聴くことはできません。もちろん、平均律が持つ微妙な「ズレ」は一般人が聴いてもほぼわからんだろう、支障がなかろうということで、採用されていて、実際私たちも「綺麗な音楽」として何気なく平均律で奏でられた音楽を聴いています。そういう耳からしてみると、当時の音楽というのは、音数が少なくて、むしろ面白くない音楽のように聞こえてしまうかもしれない。実際音律のことを知らなかった時には、「つまんないな」くらいに思っていました(汗)でも、時々「狼」が出没する恐怖におびえながらも(笑)私たちが失ってしまった完全なハーモニーが舞い降りてきていた当時の音楽を体験してみたいとも思うのです。どこかでそういう演奏会、してないかなあ。ま、実際は、「ようわからんかった・・・」っていう残念な結果になるのかもしれませんが(笑)

これも先日取り上げた「音楽と数学の交差」という本の中で、今後登場するであろう量子コンピューターによって私たちが未だかつて見たことがない「ランダム」な世界が出現する、そのことが音楽にも影響を与えるかもしれない、といったことが書いてありました。例えば円周率にしても、私たちは「(だいたい)3.14」ということにしていますが、その後も、数字は延々と続くわけで、今数兆桁まで計算がされているそうですが、量子コンピューターが、その何倍以上もの桁数を計算してくると、そこにランダムの世界が見えてくるんだそう。作者の思い描くピアノの新しい未来は、こんな数字の世界とはまた違うのかもしれませんが、そんな世界に応じた新しい音律が出てくるのかもしれませんね。

ところで、この本のタイトル、原題は「THE SEVENTH DRAGON」となっています。「七番目の竜?」ピアノの話に竜?なんのこっちゃ?な感じなんですが、このタイトルの由来は、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」の中に出てくるこんな文章から来ているのだそうです。

以下訳者あとがきより引用します。
 
『又九ッの子を生む説あり。第一子を蒲牢(ほろう)といふ。鳴ことを好むものなり。鐘の竜頭はこれを象る。第二子を囚牛といふ。音(なりもの)を好むものなり。琴鼓の飾にこれを付。第三子をせん物といふ。呑むことを好むものなり。盃さん飲器に、これを画く。第四子を嘲風といふ。険(けわしき)を好むものなり。堂塔楼閣の瓦、これを象る。第五子をこうせいといふ。殺ことを好むものなり。太刀の飾にこれを付。第六子を負きといふ。こは文を好むとなん。いにしへの竜篆、印材のつまみ、文章星の下に画く、飛竜の如き、みな是なり。第七子をひかんといふ。訟(うったへ)を好むものなり。第八子をしゅんげいといふ。しゅんげいは、すなわち獅子なり。坐することを好むものとぞ。椅子曲ろくに象ることあり。第九子を覇下といふ。重を負を好むものなり。鼎(かなえ)の足、火炉の下、およそ物の枕とするもの、鬼面のごときは則ちこれなり』

漢字の出てこない部分はひらがなになってしまって、極めて読みにくい引用になってしまいましたが(ごめんなさい)、タイトルの由来となっている七番目の竜というのは、この中の「訟(うったえ)を好む竜のこと。これが、英語では、「the seventh is renowned for its power of hearing」と訳されているのだそうです。
ここで、訳者は、原文では七番目の竜とはうったえ、つまり事情を聴くことを好きな竜であって、音を聴くことではない。作者はむしろ、音(なりもの)が好きな二番目の竜を採るべきだったのでは?とあとがきで書いています。うん、そうかもしれない、そうかもしれないけど、でも、むしろ七番目の竜でやっぱり正解なのかな、という気もしたりします。作者は調律師であって、ここでは演奏者でも、観客でもありません。ひたすら、ピアノの前で、ピアノの言うことに耳を傾ける人です。で、ピアノの主張(くせ)も活かしながら、人間の役に立つ形にピアノを仕上げて(し向けて)行く、そうであれば、ピアノのうったえをひたすら聴くのは、2番目というより、7番目の竜の役目といえるかもしれません。
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by sound-resonance | 2015-05-10 08:03 | 観る・読む・聴く | Comments(0)