鬼子母神とインナーチャイルド

そういえば、モンゴルから帰ってきて東京で一泊して帰ってきた時に、上野の方に宿を取ったので、「真源寺」さんに、お参りしてきました。
「真源寺」といっても、ピンとこないと思いますが、「鬼子母神」を祀ってあるお寺で、「恐れ入りやの鬼子母神」の、あの、お寺です。
上野の入り谷口から15分くらい。
お堂の奧の方にいらっしゃるんで、鬼子母神がどんな姿をしていらっしゃるのかは、拝見できないし、しかも、鬼子母神って、子育て、安産、の神様で、当面ご縁のなさそうな神様なんですが(笑)まあ、旅の無事のお礼も兼ねてお参りしておくかな、って感じだったんですが、ちょっと不思議なメッセージをいただきました。

どんな大人の中にも、子どもだった自分がいる。それは、子ども時代どれだけ子どもとして生ききっていても、消えてしまうものではなくて、ずっと居続けるもの。で、その子どもは、面倒を見てあげないと、寂しがる。親となり、子どもを育てるって、自分の中の子どもを癒す作業にもなる、と。
子どものいない大人の中の子ども達(ややこしいですね)、これもまた癒される必要があるけど、それは自分でなされなければならない。それは、もしかすると、わかりやすく守り育てる「子ども」が目の前にいる人達よりも、難しいことかもしれない。もちろん周りの人の手助けは借りていいけど、大人の中で、自分の子ども部分を丸抱えしてくれる立ち位置を探すのではなく、自分の中の子どもを自分自身が発見し、癒してあげること。大人なんだからね、結局、それは自分にしかできないことですよ、と。
こういうのって、いわゆる「インナーチャイルド」っていう言われ方をしているかと思うんですが、まさか、鬼子母神様に教わることになるとは・・・・・

外側の「居心地の悪いこと」は、どれだけ消してもなくなることはありません。もちろん我慢すればいい、というものでもないでしょうが、不満でいっぱいになって、爆発しそうになった時「誰が」居心地が悪いのか、探ってみるのもいいかもしれません。インナーチャイルドかもしれないし、単なる「習慣」「思考」だったりするかもしれない。インナーチャイルドに、甘いお菓子をあげた上で、今にフォーカスしてみたら、案外そこは居心地のいい場所になるかもしれません。甘いお菓子、誰かにもらえるとうれしいですが、大人だからね、自分であげるのも、ありですよ(笑)
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by sound-resonance | 2015-09-30 23:32 | 音・色あれこれ | Comments(0)