ゴッホのホロスコープ

さてさて、先日の射手座の満月の日に、ゴッホが射手座の月を持っていたという話をしました。私は、ipadに「アストロゴールド」という占星術のソフトを入れていて、普段は、それでホロスコープを調べることが多いんですが、その中に何人分か入っている有名人のホロスコープの中に、ゴッホのホロスコープも入っていました。それによると、ゴッホは、1853年3月30日11時ごろの生まれみたいです。

この人のホロスコープも、なかなかに極端で、アスペクトがとても少ないです。太陽は、牡羊座ですが、ノーアスペクト。ゴッホというと、ゴーギャンとの共同生活の果てに、自分の耳を切り落としてしまったという事件が衝撃的ですが、その衝動的な部分は、本人にはあまり自覚できない部分だったのかもしれません。現に、この他人には衝撃を与えた耳切事件のことをゴッホ自身はあまり覚えていなかったようで、日記にも、何のコメントも残していないんだそうです。
月は射手座で、同じく射手座の木星がコンジャンクションしています。先日、遠い国ジパングへの憧れは、射手座の月の影響かも、みたいなことを書きましたが、そこに木星が寄り添っているので、その憧れが、さらに拡大していくような感じがありますね。月は感情を司っているので、そういう憧れの感情が高まって、日本というまだ見ぬ国を「理想の国」のように感じていたのかもしれません。
そして、その月、木星の組み合わせが、魚座の金星、火星とスクエア(90度)を形成しています。ゴッホにとって、男性と女性の区別はあまりなく、どんな人でも受け入れる、特に困った人は放っておけない、みたいな優しさがあったのではないか、と思います。でも、それが、射手座の月(&木星)とスクエア。月は、牡羊座の水星とはトライン(60度)を形成しているので、情熱的に、夢や理想を語って、人に訴えかけていくわりには、寄ってくるのは困ったちゃん、というのか、なかなか理想通りにはいきません、みたいなところがあったのかも。
人間関係の困難さは、もちろんゴッホ自身が持っているホロスコープの投影ではあるんですが、後に語られているゴッホの「変人ぶり」から想像するよりも、彼自身は、自分が人を振り回しているというよりは、自分が振り回されている感じっていうのがあったのかもしれません。どうして、自分の行っていること、言っていることが人にわかってもらえないんだろう、というもどかしさも相当なものだったのかもしれませんね。本人は、絵だけを書いて、逃避的な生活を送りたいというよりも、情熱を傾けることのできる何か、打って出ることのできる何かを常に追い求めていたような気がするし、それを持って、人と情緒的な交流を持ちたい、社会を変えていきたいという思いも相当なものだったような気がします。ただ、その制御がうまくできなくて、空回り気味だったのかも。弟のテオはそういう兄のひたむきさを理解していたからこそ、生涯彼を支え続けることができたのでしょうね。

面白いな、と思うのが、彼の冥王星、天王星、土星が牡牛座であるということ。コンジャンクションといえるほどではないですが、3つの星が牡牛座の位置に並んでいます。牡牛座というと、物質的な豊かさ、五感、感性、みたいなキーワードがあるんですが、ここに土星がからんでくると、豊かさに対するプレッシャー、課題、制限、みたいなキーワードが出てきます。
ゴッホの描いた絵は、彼の生前にはたった1枚しか売れなかったのだそうです。弟のテオからの仕送りがもっぱらの頼りの極貧の生活の中で、彼は絵を描き、人との交流を求め続けました。お金に無頓着だった、執着のない部分ももちろんあったのでしょうが、彼の黄金の国ジパングへの憧れの中には、豊かさへの憧れというものも、かいま見れるような気がするのです。生活にまみれることなく、理想を追い続けることのできる豊かさを持つ国としての日本。実際には、そんな国は彼の想像の中にしかなかったわけですが。
土星の枠中の生前は、物質的な豊かさを所有することを極端に制限されたゴッホの絵が、彼の死後、評価を得て、数十億単位の値段がついているのも、この星の配置ゆえ、かもしれません。
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by sound-resonance | 2016-06-22 00:32 | 星読み | Comments(0)