赤間神宮

門司港グランマーケットに参加した土日の次の日は新月の日でしたが、ちょっと近隣の観光をして帰ろうということで、山口県に立ち寄ってきました。

まずは、下関。門司とは海峡大橋でつながっていて、すぐなんですね。

行ってみるまで、それほど意識していなかったんですが、下関というと、壇ノ浦の戦いがあった場所で、栄華を誇った平家が滅亡した場所。平家が擁立していた安徳天皇は、数え8歳にして、祖母に抱きかかえられてこの地で入水したと言います。

その安徳天皇を祀っているのが、赤間神宮。元々は阿弥陀寺というお寺だったみたいですが、今は「神社」となっています。

そういう経緯からか、普段神社にお参りした時に感じる空気感とはちょっと異質な感じの空間でした。入水する時に安徳天皇の祖母は「波の下にも都はあります」と安徳天皇に言い聞かせたのだと言います。ということで、入り口の「水天門」は、竜宮城みたいな造りになっています。

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戦中に一度消失していて、昭和の時代になってから再建されたものみたいで、門そのものにはそれほどの歴史はないし、エネルギーもそれほどには感じないんですが、あまり見かけない類いの門ではあって、そんなところからも「異質感」を感じたのかもしれません。

中には、平家のお墓もあるし、そもそもが幼くして亡くなってしまった安徳天皇をお祀りしてある場所なので、怨念めいたエネルギーが漂っているとどうしよう、とも思ったんですが、そういったエネルギーは感じませんでした。

あくまでも個人的な感想ではありますが、少なくとも安徳天皇に関しては、世を恨むとか自らの境遇を憂うとかいう、なんというのか、自らの立ち位置、社会的ポジションを明確に自覚する前に亡くなってしまった感じで、むしろお客さんはとりあえず歓迎、みたいな無邪気さを感じたりもしました。
正確かどうかは定かではないので、ちょっと慎重にはならなければいけませんが、ウィキペディアによると、誕生日は11月12日なのだそうで、それだけみればさそり座で、さそり座の新月の日にお参りしたのも、何かしらの縁があったのかもしれません。

とはいえ、平家のお墓の方は近くまで寄るのはやめて、垣根の外から鎮魂を願ってお参りしてきました。やはり、どちらかというと、「神気」とか自然のエネルギーというよりは、「人」のエネルギーを感じる場所ではありますね。

「赤間神宮」という名前からして「赤」がついていますが、境内にあるお稲荷さんも「紅石稲荷」だったりして、赤(紅)という文字がやけに目につくな~と思っていたら、どうやら平家を象徴する色が「赤」みたいです。

先日、電車の中で赤白帽をかぶった小学生の集団に取り囲まれたという話を書きましたが、あれから「赤白帽」について調べてみたら、対抗戦の時に「赤組」「白組」に分かれて戦うのはどうも日本独自の文化らしく、そのルーツが源平合戦にあるのだそうです。

すなわち、源氏側が白旗を、平氏側が赤旗をそれぞれ掲げて戦ったことから、「赤(紅)白戦」という習慣というのか文化が生まれたのだとか。ちなみに、「赤白帽」と「赤」の方を使うのは若い世代の感覚だそうで、もう少し年配の方にとっては「紅白帽」という表現の方がむしろなじみがあるようです。そういえば、大晦日の恒例行事「紅白歌合戦」も「赤白」ではなくて、「紅白」ですね。

その時点ではまだ何も決まっていなかったんですが、赤白帽の集団(しかも全員が赤)に囲まれちゃったのも、「下関」~「平家」~「赤間神宮」への伏線だったのかも・・・・(!!)

ちなみに赤間神宮は「安産」のご利益がある神社とされているようですが、異世界から産道を通ってやってくる赤子の安全を願う、そういったところにも「赤」を感じますね。
赤間神宮は、他に「耳なし芳一」の伝説の舞台ともなった場所ですが、そのお話については次回に。


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by sound-resonance | 2016-11-03 21:43 | 音・色あれこれ | Comments(0)