マグダラのマリア

時々、オラクルカードを引いてみることがあります。ちょっと悩んで自分では決めかねているような案件がある時、多分心内ではなんとなく結論は出ていても、カードにお伺いを立ててみると、その結論でいいよ、とそっと背中を押してもらっているような気になるものです。

今回も、気になりつつもどうしたらいいのか迷っているような案件がありまして、試しにとばかりいくつか持っているオラクルカードのうち、「女神のガイダンス」オラクルカードを引いてみました。44人の女神様達がメッセージをくれるなかなかにパワフルで大好きなカードです。

と、出てきたカードが「マグダラのマリア」。キーワードは「無条件の愛」。

マグダラのマリアというと、娼婦でその罪深さ故に、人々に石を投げつけられていたところ、「罪のない人のみがこの人に石を投げなさい」というキリストの言葉によって救われたという人物というイメージがあります。キリストとの出会いの後、悔い改めて、娼婦から聖女となり、キリストの死と復活を誰よりも先に見守り、彼の足に香油を塗った人物というイメージ。

しかしながら、彼女が娼婦であった、罪深い女性であったというのは、女性嫌いの男性原理のヒエラルキーで成立した西方教会の見解であって、福音書にはマグダラのマリアが罪深き女、あるいは娼婦であったという記述はどこにもないのだそうです。今では、彼女は実はキリストの妻であったとか、キリストの一番の理解者であり弟子であったという説も、受け入れられつつありますが、彼女は、2000年以上もの間、あらぬ誤解を受け続けていたわけですね。

そんなマグダラのマリアからのメッセージは、「人からどう思われようと、どう言われようと気にしない」「状況を愛をもって癒す」「人に対する許せない気持ちを手放し、自分を癒すために前進する」というもの。

うーむ、なるほどね・・・・

「やられたらやりかえす」これも、一つの生き抜く戦略かもしれませんが、マグダラのマリアの生き方はそれとは全く違うのです。彼女は人々の自分に対する誤解をも、暖かく許し、無条件の愛を持って、ほほえみながらそこにいるのです。で、自分のなすべきことをする。キリストを癒し、愛し、そのことで彼女自身も癒し、愛されるのです。

奇しくも、先日「鋼の錬金術師」のところで、太陽や石は対価を求めない、と書いて、太陽や石は、無条件の愛の存在なんだな、といつになくこっぱずかしいくらいピュアなことを考えていた私。地中から掘り出されても、拾われてどこかに持ち去られても、あげくの果てに頼みもしないカッティングを勝手にされちゃったりしても、そこに沈黙のままあり続ける石のような無条件の愛の存在になるには、エゴが育ちすぎている私ではありますが(笑)石を師匠とあおぎ、ちょっとは見習おうと思います。とかいって、「師匠だから!」というのも石集めの口実になっちゃうんだろうな・・・・(笑)



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by sound-resonance | 2017-06-27 22:22 | 音・色あれこれ | Comments(0)