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ホクサイブルーとムスメのアカ

三連休が終わりましたね!ハッピーマンデーが施行される前は、体育の日というと今日、10月10日と決まっていて、屋外の行事も多かったですが、この日は不思議と晴れの日が多くて、さすが体育の日!などと思っていたものです。三連休になってからは、体育の日は晴れたり雨だったりはらはらしたものですが、今年はどちらにしろ晴れてほっとされた方もいらっしゃったのではないでしょうか。なんだか、10月とは思えない暑さがぶり返してきていますが、朝晩は冷え込んでいるようなので、くれぐれも体温調節に気をつけて風邪など引かないようにお過ごしくださいね。

さてさて、大阪、あべのハルカスで「北斎展」をやっているようですね。家にテレビを置いていないので、普段はテレビを見ないのですが、連休中に実家に帰っておりまして、朝何気にテレビを見ていると、再放送も含め、葛飾北斎特集をなんと3本続けてやっておりました。何?この北斎押し!?いいのか、NHK!?あべのハルカス、こんなに宣伝しちゃって・・・とも思うんですが、何かしらの提携でもしてたりするんですかね?

ま、それはさておき、NHKの戦略に乗せられて?3本連続で思わず北斎特集を見てしまい、にわかに北斎にちょっぴり詳しくなった私なんですが、北斎にはお栄さんという娘さんがいたのは初めて知りました。葛飾応為という画号もありながら、彼女自身の作とされる作品は極端に少なく、もっぱら父北斎の画業の手伝いをしていたのではないか、と言われているのだそうです。

面白いな、と思ったのが、応為が「赤」にこだわっていたという話。応為さんは、父北斎に「美人画ではかなわない」と言わしめるほど美人画にたけていましたが、たおやかで美しい女性を描く時に、特に赤にこだわって絵を描いていたそうです。例えば襦袢の赤。江戸時代の庶民は華美贅沢を禁じられていて、着物の色もネズミ色、茶色、紺色など、地味な限られた色しか許されていなかったため、下着(襦袢)の色に凝っていました。その中でも、魔除けの意味も持つ赤い襦袢が江戸時代には大流行りだったそうです。今も巣鴨界隈で赤い下着を売っているお店がありますが、案外おしゃれなのかも(笑)元々「長襦袢」は遊女が着たのが始まりだそうですが、プレイガールの粋を町娘もこぞって取り入れていたのかもしれませんね。長襦袢は、下着といってしまうと、見えてはいけないといったイメージになってしまいますが、むしろ「見せる」ことを意識したものだと思います。応為はこの襦袢の赤を大切にし、見せる下着としての襦袢を美しく表現しました。赤い襦袢に女性の色気みたいなものをこめたのでしょうね。

赤は血の色、生命そのものの色。父親の北斎が「ホクサイブルー」と呼ばれるほど青で語られることが多いのに比べて対照的だな、と思います。応為が描いたのであろうある絵の女性の襦袢には模様として、クモの巣と蝶が描かれたものがあるのだそうです。テレビの番組の中ではクモの巣に捕われているのは、応為自身、庶民が欲しがるのは父北斎の絵、いくら自分が上手に絵を描いても、誰も応為の絵は欲しがらない、女性が絵師として自立するのは難しい時代に生きた応為の、自由のなさ、がんじがらめの窮屈さを遊女の姿に重ねて表しているのではないか、と解説していましたが、それを赤のベースに乗せてくるところに応為さんのたくましさ、力強さ、また怒りも感じたりするのです。一度嫁ぐものの、ものぐさプラス絵師である夫の絵を下手だとけなす口の悪さで離縁され、出戻ってきたお栄(応為)さん。その率直さ、気性の激しさも「赤」にぴったりですね(笑)



by sound-resonance | 2017-10-10 21:29 | 観る・読む・聴く