射手座の新月

寒いですね!すっかり冬になりました。先日遅くまで働いて寒い御堂筋を一駅とはいえ、歩いたからでしょうか、のどが痛く風邪気味・・・・うーむ、やっぱり無理はしてはいけないなあ、と実感。結局年末の様々な雑用がちっとも片付きません。とほほほほ。

それはさておき、今日は新月のお話です。今年最後の新月は、12月18日(月)15時30分ごろ、射手座の位置で迎えます。この日は、太陽、月の他にも、土星、水星、金星も射手座にあって、射手座祭りな感じの星の配置ですね。

サビアンシンボルでいうと、射手座の27度「彫刻家」というものになります。こう・・・自分の意志を刻印していく、何かに刻み付けていくようなそんな感じのシンボルですね。例えば、その対角にある双子座の表現方法が、どちらかというと、自らの口、だったりするのに比べて、射手座の表現方法は何かしら道具を使ったり、外側の何かを使って自分を表現するような、そんなイメージがあります。

射手座というと、元素としては火の星座ですが、それは「コンロの火」と表現されたりします。例えば同じ火の星座である牡羊座の火が稲妻、獅子座の火がキャンプファイヤー、と言われるのに対して、コンロの火。柔軟宮ということもあり、小回りがきくというのか、その場の状況に応じて火力を調節、うまく使えば何かを造り出すことのできる火、なんですね。自分の身体を使って表現していく、訴えていくというよりも、出来上がったモノで見てくれ、みたいなそんな感じなんでしょうか。

射手座の方にとっては、文字通り、何かを刻んでいく、自分の意志や思いを刻み込んでいく、そんなきっかけの日となるかもしれません。射手座以外の方にとっても、何か表現したいと思っていること、心の中に何かしらの思いがある場合には、それを外側に押し出す方法として、創造的な何かを探してみるといいかもしれません。タイミングとしては、年末年始に突入する忙しい時期ではありますが、何かしら、時を忘れてのめりこめるものに、会えるかも。

いずれにせよ、寒くなりました。のめり込める何かに出会っても、くれぐれもあったかくすることを忘れずに。


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# by sound-resonance | 2017-12-17 20:29 | 星読み | Comments(0)

ブルーライト、ブルーウィンター

毎日寒いですね。私は寒いのが苦手なので、寒い季節になると、どこにも出かけたくない、出なくてすむものなら極力外に出たくない、家にひきこもりたい派なんですが、そうもいかず、外に出ると、街は特に夜になると、クリスマスに向けて、イルミネーションに彩られているのが目につく季節になりました。

クリスマス、またそれを迎えるまでの12月の夜のライトって、昔は赤と緑っていうイメージが濃かったような気がするんですが、1990年初頭に青色のLEDが発明されてから、色彩の物珍しさも手伝って、急激に街中で青い光を見る機会が増えましたね。経済的で発熱が少なく、樹木にも優しいということで、街路樹に電球をまきつけるようなイルミネーションにも多く使われています。

大阪のシャンゼリゼ(!?)御堂筋のライトアップ(淀屋橋〜本町周辺)。


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ブルーの光が美しいです。御堂筋は「いちょう並木」とも呼ばれていて、秋には、いちょうの葉っぱの黄金色が綺麗なんですが、冬はこんな感じでブルーの光に包まれております。

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青は、温度を感じさせない色なので、寒い時期に青い色を見るとなんだか寒々しいような気もするんですが、LEDの光も温度を感じないという意味で未だかつて見たことがないような不思議な光、不思議な色彩のような感じがします。寒々しいというよりは、なんだか不思議と心が落ち着くような感じ。メランコリーな感じもするけれど、なんだかひたすらにしんとした静かな感じ。青色LEDが登場した1990年代のはじめというと、ちょうどバブルのはじけた時期とも重なっていて、ひたすらにぎにぎしい乱痴気騒ぎのような明るいバブルの時代が沈静かしていく時代にも合っていたような気もします。

遅くまで働いた後、一駅分だけ御堂筋を歩いて帰りました。寒かったけど、綺麗で、不思議と心の落ち着いた、ある日の夜でした。


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# by sound-resonance | 2017-12-16 00:52 | Comments(0)

琵琶湖周航の歌とひつじぐさ

先日、といってももう2ヶ月近く前の話になりますが、滋賀県の琵琶湖に浮かぶ竹生島にお参りした際、近江今津駅から観光船乗り場までの途中に「琵琶湖周航の歌記念館」というものがあったので、お参りの後、帰る途中に寄ってみました。「琵琶湖周航の歌」というのは、なんでも大正時代から歌い継がれている学生歌で、滋賀県の人にとっては、滋賀県歌よりもポピュラーなご当地ソングなんだそうです。

そもそもは、大正時代第3高等学校(今の京都大学)のボート部が、琵琶湖周航を行った際、部員であった小口太郎さんが作った詩を当時学生の間で流行っていた「ひつじぐさ」というメロディーに乗せて歌ったのが始まりだったのだとか。

その後、学生歌として、学生の間で歌い継がれていましたが、第2次世界大戦後、多くのプロの歌手によって、レコーディングがされ、特に、1971年に加藤登紀子さんがカバーしたレコードが大ヒットし、全国的に有名になったのだそうです。


といっても、もう半世紀近く前の話で、さすがに私も当時のことは知らないし、関西に住んでいても、そんな歌、あったっけな、という感じだったんですが、確かにメロディーを聞いてみると、なんとなく聞いたことがあるような気もします。まあ、滋賀県歌よりもポピュラーなご当地ソングといっても、若い年代の方は知らない方も多いようです。

元々は、歌詞ができる以前から存在した「ひつじぐさ」という曲を拝借して歌ったことから始まった「琵琶湖周航の歌」ですが、歌い継がれていくうちにアレンジがなされ、原曲の「ひつじぐさ」とは若干異なったメロディーに収まっていったようです。記念館には、元々の「ひつじぐさ」のメロディーの楽譜もありましたが、確かに今歌われている「琵琶湖周航の歌」の方が、歌いやすくなっているというか、親しみやすい感じになっているな、という感じがしました。

「ひつじぐさ」の作曲者は、吉田千秋さんという方ですが、作曲者が誰なのかは戦後不明になっており、それが明らかになったのは、つい最近、平成5年(1993年)の事なのだそうです。

驚くのは、作詞の小口太郎さんも、作曲(原曲)の吉田千秋さんも、20代という若さで亡くなっていること。お二人とも、こんなに長きにわたって、しかも全国的な知名度をもって歌い継がれていく歌になるとは思ってもみなかったんでしょうね。

ちなみに、「ひつじぐさ」は唯一の日本原産の睡蓮。「ひつじどき(午後2時ごろ)」に咲くから「ひつじぐさ」と名付けられたそうですが、実際には午前中に開花し、夕方まで咲いているそうです。琵琶湖周航の歌記念館の前でも栽培していますが、実際私が記念館を訪れた夕方16時頃でもまだ花が咲いていました。今では輸入ものの睡蓮に押され、ひつじぐさを見ることのできる場所も少ないそうですが、日本原産の睡蓮が、気軽に見れるようになるといいですね。
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# by sound-resonance | 2017-12-13 20:18 | 音・色あれこれ | Comments(0)

エアポケット

寒くなりましたね!
うかうかしているうちに、早くも12月も三分の一が経過、最近では年賀状の需要が大幅に減っているようで、スーパーやなんかにも郵便局員さんが出張販売に来られているのが視界に入りつつ、自分も年賀状を書かなくちゃという発想が全くなかったんですが、考えてみたら量こそ少なくなったものの、書かなくちゃ、は書かなくちゃ、なわけで、何も用意できてない、いつ書くんだ!?とにわかに大慌てな感じ。
一日オフで家におこもり、はいいけれど、「聖なる予言」なんて読んでる場合じゃなかったな、と今さら焦っても後の祭り。

実のところをいうと、おこもりに加速度がついて、次の日も用事をキャンセルしてまでおこもりして無駄な一日を過ごしてしまったんですが、先生も走るという慌ただしい師走の季節にやることじゃなかったな、と若干反省気味の私でございます。

年賀状というと、最近は行き来する数が圧倒的に少ないので、インクジェット用ではない方の無地の年賀状を買って、一枚一枚手描きをするのが恒例となっているのですが、今年はなんだかそんなアイディアもわいてこない。いつもはあの真っ白な空白が大好きなのに、今はそうでもない。スランプというのでもないんですが、なんだか巨大な「無」の世界に落ち込んでしまったような、そんな感じでもあったりします。

エアポケットとでもいうんでしょうか。欲しいものも、行きたいところも、強烈に引きつけられるものが、ない。無欲、といえば聞こえはいいんですが、都会で日々生息するには一定程度の「欲望」も必要だな、と思ったりもする次第。「空白」ということでいうと、携帯電話こそスマホに換えたものの、私は手帳が好きで大きめの手帳をたいてい持ち歩いているんですが、予定がぎっしり入っていないと不安だった時期がありました。スケジュールがぎっしりつまっていて、予定を調整しようとすると一ヶ月先まで予定が合わないということもあったり。予定で真っ黒な手帳を見て「何かを意義のあることをやってる感」、「意義のある人生を送っている感」を確認していたような気もします。

時代もあるんでしょうが、今はそんなことはなくて、私との予定はかなり簡単に合わせられるんですが(笑)、予定をぎっしり埋めないといけないのかな、みたいな強迫観念もまだちょっと残っていたりなんかします。なので、一日オフの日は、「何か意義のあることをしなければならない」と思って焦ってみたりもするんですね。何もしないでいい日があるのは、まだ追いつめられていない証拠。何もしないでいい日には何もしなくていいのかもしれません。ま、追いつめられたら、どうしてもやらないといけないことはやらざるをえないですもんね。

それにしても、子どもの頃は、夏休みの宿題は計画を立てて毎日きちんとこなし、早めに終わらせて、夏休み後半は優雅に遊ぶ優等生だったのに・・・・大人になってぐうたらになったのか、予測不可能な要素が大人になって増えたのか、後者の理由でぎりぎりまで追いつめられないとできない性格になったということにしておこう・・・・
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# by sound-resonance | 2017-12-11 21:30 | 音・色あれこれ | Comments(0)

聖なる予言

いやはや、寒くなりましたね!久しぶりに一日オフ日が取れたので、ここへ行こう、あれをしようと、考えていたものの、結局は一日家におこもり、あったかい部屋でぬくぬくぼーっとしてしまいました。振り返ってみれば、やっぱりお買い物に行けばよかったかな、ここに行っておくべきだったかな、とあれこれ反省するんですが、まあ、そこまでの吸引力がなかったということで、いいのかな、とも思います。タイミングがやってくれば、無理にでも扉って開かれていきますよね。

ということで、家でぼーっとしていた時にふと目についた本。たぶん、どこか旅先で、暇にあかせて街をぶらぶらしている時に見つけた古本屋さんで買ったものだと思いますが、旅先で読むことはせず、家に持ち帰ってそのままになっていたもの。「聖なる予言」、日本語版は1994年に初版が発行されていますが、原著はその1年前1993年に発行されています。いわゆるニューエージというか、スピリチュアルな内容なんですが、人間の意識の変革の過程を9つの「知恵」を探しながら体験し、学んでいく冒険小説のようなスタイルで書かれています。

主人公は長年音通の途絶えていた古い友人から突然の連絡を受け、南米ペルーで発見された古代文書について教えられます。そこには、人生の意義、これからの人類が進む意識の過程について書かれているといいます。主人公は、駆り立てられるようにペルーに向かいます。ペルー政府、および教会は、これまでの教義を否定する危険文書として、この古代文書の抹殺をもくろんでおり、古代文書の「知恵」を探す主人公も、数々の危険にさらされながらも、適時適所に導かれ、9つの「知恵」をひとつひとつ、出会った人達に教わり、体験し、学んでいくのです。

先日、ニューエージ風にいうと、時代は魚座から水瓶座の時代に移行していて、魚座の時代を象徴するのはイエス・キリストであるといった話をしましたが、この小説の中でも、キリスト教の教会(神父)が9つの知恵の書かれた古代文書を危険文書として抹殺しようとしている、古代文書の最大の「敵」として描かれているのが興味深いな、と思いました。冒険に敵はつきもの、敵が大きければ大きいほどはらはらどきどき引きつけられるので、この辺りはエンターテイメント小説としての演出としても成功しているなとも思うんですが、キリスト教会(神父)は、古代文書の知恵を迷える子羊である大衆を惑わす悪書として誤解していて、真実としてはキリスト教の教義をもおびやかすものではない、という説得を主人公はその友人と共に試み、この小説の中では失敗します。神父の側には、一人一人の人間がこれまでとは全く異なった意識に目覚められると、これまで教会としてまとまっていたものがまとまらなくなるという恐怖があるわけです。しかしながら、イエス・キリスト本人は、新しい意識の変革を遂げた初めて、あるいはごくごく初期の人間であり、それは「神の子」のみならず、誰にでもできることなのだ、といったことを主人公は古代文書を通じて学んでいきます。古代文書の知恵は、イエス・キリストの意志ともなんら矛盾するものではないのです。

この本が初めて出版されたのが1993年、ちょうど、インターネットが普及しだしたタイミングとも重なっています。この辺りから水瓶座の時代はじょじょに幕をあけたといえるのかもしれません。


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# by sound-resonance | 2017-12-09 15:05 | 観る・読む・聴く | Comments(0)