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琵琶湖はなぜ琵琶湖なのか

先日、といってももう先月の話になりますが、横浜のトリエンナーレに行った際、ついでに江ノ島の弁天様詣でをしたという話を書きました。
江ノ島の弁天様は、日本三大弁天のうちのお一人。後の二人はというと、広島県の厳島神社の弁天様と、滋賀県の竹生島の弁天様、ということになっております。随分前になりますが、厳島神社にはお参りしたことがあったんですが、竹生島には行ったことがない、自分の家からいうと、一番近いはず、なのに行ったことがない、まあ、こういうのってえてして「いつでも行けるわ」と近ければ近いほど思って行かない、というか行ったことがないまま終わってしまう、みたいなことがよくあるんですが、なんだかよくわからないんですが、ここのところ竹生島の弁天様のことが気になっていました。

ま、近いとはいっても散歩がてら寄ってみるくらいの手軽なわけにはいかないので、ま、そのうちに、なんて思っていたんですが、詳しくは書かないものの、こう、この時期に行っておかねばならぬ、という気になりまして、ちょっと無理をして時間を作って、竹生島の弁天様にお参りに行ってきました。

竹生島というと、琵琶湖に浮かぶ小島です。近畿圏に住んでいるので琵琶湖自体は何度も見ているんですが、改めて見ると大きいですね〜、寄せては返す波の様子はまるで海みたいです。実際この湖が「琵琶湖」と一般的に呼ばれるようになったのは江戸時代以降のことで、それまでは「淡海」とか「近淡海」(おうみ)ともっぱら呼ばれていたそうです。昔の人はこのあまりにも大きい湖を「塩辛くない海」ととらえていたんですね。

「琵琶湖」とは、この湖が楽器の琵琶に似ているということから来ていますが、琵琶は弁天様の持つ楽器であり、「琵琶の形に似ている」という発想は竹生島に弁天様がお祀りされているところから来ているようですね。また、竹生島の弁天様は、聖武天皇が琵琶湖(淡海)に浮かぶ島に弁天様をお祀りしなさいという夢でお告げを受けたことから行基が開創したとされているそうで、日本三大弁天の中でも最も古いということで、「大弁財天」とも呼ばれているのだとか。江ノ島の弁天様は「島」といえども地続き、徒歩でお参りできますが、竹生島は船でしかアクセスできません。今回は近江今津港より船に乗りました。
という辺りで、つづく。
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by sound-resonance | 2017-10-21 10:11 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

Cubic Earth

「もしも地球が立方体だったら」という設定の映像。実際には、地球が立方体のまま維持されるということはありえない、んだけど、そんなこと百も承知で、それでも科学に興味を持ってもらいたい、という熱意が素晴らしい。合わせて、私たちが地球の自転をさほど意識せず、「安定して」地面の上を歩ける、世界一周旅行ができるというのは地球が丸いからだということにも思いを馳せさせてくれます。人間を含めて、地球上に今のような形の生命体があることは奇跡のような条件の重なり合いなんですね。中に立方体地球の人類「Cubic星人」が出てきますが、なかなかに興味深いです。気圧が高いからあんなにペラペラになっちゃうのかなあ〜。普段は海に住んでいて、子育てとかモノを作る時は陸に上がってくる、ちょっとクラゲにも似た星人達。魚のタンパク質と、植物からでんぷん質を摂取して生きているようですが、水陸両用っていうことは肺呼吸とは違うのかしら・・・残念ながら「Cubic星人」については、触れられていないんですが、「立方体地球」についてさらに詳しく知りたい方には、解説が用意されています。科学者さん、あくまで真摯です。興味のある方はそちらをどうぞ♪Cubic earth 解説サイト
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by sound-resonance | 2017-10-16 20:29 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

北斎ブルー

さて、先日葛飾北斎の娘、お栄(応為)の大切にした「赤」について書きましたが、実際にまだ行ってないので、定かではないものの、現在あべのハルカスで開催中の「北斎展」の目玉のひとつが、富嶽三十六景のうちのひとつ、「神奈川沖浪裏」みたいですね。ポスターやなんかにもこの絵が使用されています。
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なんとこの絵は大英博物館からやってくるようです。版画なので、当時数千枚単位で印刷されたであろうと思われるこの絵ですが、今回展示される大英博物館蔵のものは、最初の頃に刷られたものであろうと言われていて、エッジが効いていて、色も特に鮮やかなんだとか。

この絵の青は「北斎ブルー」などとも言われて、西洋人にとっての「神秘のブルーの国ニッポン」の象徴のようにもなっていますが、日本古来の顔料である植物性の「藍」と、輸入物の「ベロ藍」の2種類の青がうまく使い分けられているという特徴があるんだそうです。

「ベロ藍」とは、プルシアン・ブルーのこと。フェロシアン化鉄を基にした合成の顔料で、18世紀にプロイセンで発見されたことからこの名で呼ばれるようになった濃い青のことです。日本には、文政、天保年間(1818〜1840年頃)にオランダ・中国から大量に輸入され、浮世絵にも使われるようになりました。プルシアン・ブルーは、ベルリン・ブルーとも呼ばれ、「ベルリン」がなまって、「ベロ藍」と呼ばれるようになったのだとか。

それまで使われていた顔料である藍や露草など植物性の青は、透明感はあるものの、重ね塗りができないなどの欠点がありました。しかしながら、プルシアン・ブルーは、重ね塗りができる、退色しにくい、など、これまでの「青色」にはない特徴があったのです。

新しもの好き、探究心旺盛な北斎がこの顔料に目をつけないわけがない(笑)彼はまた、西洋絵画も熱心に研究しており、遠近法も自らの絵に取り入れようとしました。プルシアン・ブルーの重ね塗りができるという特徴は、奥行き、立体感を出すにもうってつけでした。北斎は輪郭には伝統的な藍を、ベタ塗り部分には、新しい顔料であるベロ藍を用いて、波しぶきの水々しさと、奥行きのある迫力ある波のうねりを表現したんですね。

こうやって、完成した絵は海を渡り、西洋の絵師達に多大な影響を与え「ジャポニズム」ブームの一翼を担いました。西洋にとっての海の向こうの遠い国、海に囲まれた神秘の国、圧倒的な異国としての「ニッポン」のイメージを定着させるのに一役かったであろうこの絵の「青」が、元々はプロイセン、西洋から来た「青」だったというのも面白いですね。

とか書いていたら、「北斎展」も見に行かなくちゃ、という気持ちになってきました。混むんだろうなあ〜(泣)


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by sound-resonance | 2017-10-12 21:02 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

ホクサイブルーとムスメのアカ

三連休が終わりましたね!ハッピーマンデーが施行される前は、体育の日というと今日、10月10日と決まっていて、屋外の行事も多かったですが、この日は不思議と晴れの日が多くて、さすが体育の日!などと思っていたものです。三連休になってからは、体育の日は晴れたり雨だったりはらはらしたものですが、今年はどちらにしろ晴れてほっとされた方もいらっしゃったのではないでしょうか。なんだか、10月とは思えない暑さがぶり返してきていますが、朝晩は冷え込んでいるようなので、くれぐれも体温調節に気をつけて風邪など引かないようにお過ごしくださいね。

さてさて、大阪、あべのハルカスで「北斎展」をやっているようですね。家にテレビを置いていないので、普段はテレビを見ないのですが、連休中に実家に帰っておりまして、朝何気にテレビを見ていると、再放送も含め、葛飾北斎特集をなんと3本続けてやっておりました。何?この北斎押し!?いいのか、NHK!?あべのハルカス、こんなに宣伝しちゃって・・・とも思うんですが、何かしらの提携でもしてたりするんですかね?

ま、それはさておき、NHKの戦略に乗せられて?3本連続で思わず北斎特集を見てしまい、にわかに北斎にちょっぴり詳しくなった私なんですが、北斎にはお栄さんという娘さんがいたのは初めて知りました。葛飾応為という画号もありながら、彼女自身の作とされる作品は極端に少なく、もっぱら父北斎の画業の手伝いをしていたのではないか、と言われているのだそうです。

面白いな、と思ったのが、応為が「赤」にこだわっていたという話。応為さんは、父北斎に「美人画ではかなわない」と言わしめるほど美人画にたけていましたが、たおやかで美しい女性を描く時に、特に赤にこだわって絵を描いていたそうです。例えば襦袢の赤。江戸時代の庶民は華美贅沢を禁じられていて、着物の色もネズミ色、茶色、紺色など、地味な限られた色しか許されていなかったため、下着(襦袢)の色に凝っていました。その中でも、魔除けの意味も持つ赤い襦袢が江戸時代には大流行りだったそうです。今も巣鴨界隈で赤い下着を売っているお店がありますが、案外おしゃれなのかも(笑)元々「長襦袢」は遊女が着たのが始まりだそうですが、プレイガールの粋を町娘もこぞって取り入れていたのかもしれませんね。長襦袢は、下着といってしまうと、見えてはいけないといったイメージになってしまいますが、むしろ「見せる」ことを意識したものだと思います。応為はこの襦袢の赤を大切にし、見せる下着としての襦袢を美しく表現しました。赤い襦袢に女性の色気みたいなものをこめたのでしょうね。

赤は血の色、生命そのものの色。父親の北斎が「ホクサイブルー」と呼ばれるほど青で語られることが多いのに比べて対照的だな、と思います。応為が描いたのであろうある絵の女性の襦袢には模様として、クモの巣と蝶が描かれたものがあるのだそうです。テレビの番組の中ではクモの巣に捕われているのは、応為自身、庶民が欲しがるのは父北斎の絵、いくら自分が上手に絵を描いても、誰も応為の絵は欲しがらない、女性が絵師として自立するのは難しい時代に生きた応為の、自由のなさ、がんじがらめの窮屈さを遊女の姿に重ねて表しているのではないか、と解説していましたが、それを赤のベースに乗せてくるところに応為さんのたくましさ、力強さ、また怒りも感じたりするのです。一度嫁ぐものの、ものぐさプラス絵師である夫の絵を下手だとけなす口の悪さで離縁され、出戻ってきたお栄(応為)さん。その率直さ、気性の激しさも「赤」にぴったりですね(笑)



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by sound-resonance | 2017-10-10 21:29 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

亀に睨まれる

いよいよ10月に入りましたね!日中は暑いとはいえ、朝夕に秋の気配を感じるようになってきました。これから一気に秋に突入しそうな感じもしますね。季節も、夏から秋へ、月も9月から10月へと、切り替わりのタイミングではありますが、まだまだ9月から続いている江ノ島話、ひっぱります(笑)

ちょっと変わってるなあと思ったのが、奥津宮の拝殿の天井に描かれている「八方睨みの亀」四方八方どの角度から見ても睨まれているように見えるという亀の絵。八方に睨みをきかせているのは、大抵は龍、「八方睨みの龍」というのは、これまでにもお目にかかったことがあったんですが、「八方睨みの亀」というのは、初めてお目にかかりました。
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おお、確かに睨んでる・・・八方に目を配っておる・・・が、怖くないじゃん、むしろ可愛いじゃん・・・亀・・・・どうしようもない、可愛らしさが漂ってるんですけど・・・(笑)江ノ島というと、五頭の龍と天女(弁天様)の伝説が江ノ島発祥譚として残っていて、いたるところに龍が見られます。比較的新しいもののようですが、そのものずばり「龍」をお祀りした「龍宮」もあるし、江ノ島信仰発祥の地とされる「岩屋」にも龍が住んで!?おります(気になる方は会いに行ってみてね)

でも、八方を睨むのは、「亀」なのね・・・もちろん亀も水、海に縁のある動物で、奥津宮の近くにも「亀甲石」があるし、岩屋に行く途中にも海の中に亀の形の「亀石」があります。でも、亀の重量感は、「天井」には向かないんじゃないか、なんて思ったりもしたりして。酒井抱一作、とあったので、撮って大丈夫かな〜とちょっとドキドキしながら写真を撮りましたが、今天井にあるのは、片岡華陽さんという方の複製画で、本物の方は、社務所に保存してあるんだそうです。

酒井抱一というと、上品な文人、派手さのないさりげない画風を思い浮かべますが、控えめな人というよりは、どちらというと目立ちたがり、人とは違うことをするのが好きな人だったのかもしれませんね。龍がオーソドックスなら、亀でいってやろう、そういう洒落っ気みたいなものも感じたりもしますね。
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by sound-resonance | 2017-10-02 19:32 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

白菊丸の悲劇

今日も江ノ島のお話。

行ってみるまで知らなかったんですが、宗像三女神がそれぞれお祀りされている3宮を抜けて、江ノ島の弁財天信仰の発祥の地と言われている「岩屋」まで行く途中に「稚児ヶ淵」という場所があります。平らな岩場が広がっていて、向こうに富士山を望める絶景スポット、夕方は海に沈んでいく夕陽がとても美しい場所で、この日もいいお天気だったので多くの人が岩場まで降りて釣りをしたり、磯の生き物を探したり、散歩したりしていましたが、なかなかに悲しい伝説がある場所だったりします。

昔、自休という徳の高いお坊さんがいました。彼が、江ノ島の弁財天にお参りに来た際、一人のお稚児さんの姿が目に入ります。彼の名は白菊。その瞬間から自休の脳裏には白菊の姿が焼き付き忘れられなくなってしまいます。思いあまって、白菊が修行する鎌倉の相承院まで押し掛ける自休。一方の白菊の方は、自休の想いを受け入れることができず、悩みとまどい、とうとう江ノ島の淵から海に飛び込んで死んでしまいます。
このことを知った自休は、嘆き悲しみ、白菊の後を追って、自らの命を断ったのでした。

ざっくりいうと、こんなお話。

あれ?この「白菊」っていう名前、淵から身を投げた高僧と稚児のカップル、なんか聞いたことあるなあと思っていたら、「桜姫東文章」の中に出てきますね。といっても、私も歌舞伎を見たのではなく、木原敏江さんだったと思うんですが、歌舞伎を題材にしたマンガを昔読んだような気がします。
今手元になくて確認できないんですが、白菊と自休(清玄)は、確か相思相愛だったような・・・今生では祝福されぬ恋ゆえに、生まれ変わったら一緒になりましょうといって、心中したんじゃなかったけ??この稚児ヶ淵の話だと自休の一方的な片思いじゃん・・・思いを寄せられた白菊の方は、悩み抜いた上に自殺しちゃうわけですから、相当な罪、しかも未来ある子どもに懸想って・・・・お坊さんの修行って一体・・・現代風に解釈すると、死んじゃった白菊が気の毒、自休最悪という思いしかないわけですが、どれだけ修行を積んだ徳の高いお坊さんでも、恋に落ちるのは一瞬、その想いはどうにも止められない、行き着く先に死が待ち受けていようとも突き進むしかない、そういう急転直下フリーホール的恋に一生に一度でも落ちてみたい、そういう憧れっていうのはある、かも、しれない、ですね・・・

「桜姫東文章」の中では、清玄と白菊は一緒に心中を図りますが、清玄だけが死にきれず生き残ってしまいます。で、主人公の「桜姫」が、白菊の生まれ変わりであることに気づいた清玄は桜姫に言い寄りますが、桜姫の方は釣鐘権助のことで頭がいっぱいで清玄には目もくれない、というか、徳の高いお坊さんとしては尊敬しつつ、ちょっと薄気味悪いな、くらいに思っています。マンガを読んでいて、生まれ変わったら一緒になろうって言ってても、いざ生まれ変わったら、こんなにも忘れちゃうの??生まれた時から左手に握っていた香箱きっかけで、前世のこと、思い出すとかないの??と少々不思議、清玄がちょっと気の毒な気もしていたんですが、前世から、一方的な恋だったんだったら、納得できるような、そうでもないような・・・

作者の鶴屋南北さん、もしかすると、叶わぬ片思いの経験があったのかもしれないですね。だから「稚児の淵」の伝説を聞いて、せめて自分の創作の中では、相思相愛の二人の心中として書いたのかも。なんてね。


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by sound-resonance | 2017-09-30 16:03 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

ロックな弁天さま

なんだか、暑いですね!今年の9月は例年に比べて涼しいな、残暑厳しくないな、なんて思ってたんですが、9月も最後の最後になって、「残暑」みたいな日が数日続いています。ちょうど夏の総決算の時期、夏バテが出やすい時期かと思いますので、体調にはくれぐれも、気をつけてお過ごしくださいね。

さてさて、前回ヨコハマトリエンナーレを見に行ったという話を書きましたが、思ったより早く会場を回れたので、日曜日は、思いつきで江ノ島に行ってみました。私は関東方面に土地勘がないんですが、江ノ島って横浜から1時間程度で行けちゃうんですね。

江ノ島というと、有名なのが、弁天様。白い肌が艶かしい裸の弁天様が有名ですね。実際に見たことがなくても、江ノ島というとこの弁天様を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

京都、奈良に気軽にアクセスできる関西地方に小さい頃から住んでいる私にとっては仏像は割に身近な存在というか、見る機会が割と多いんですが、裸という特異性に一度は拝見してみたいものだと思っていました。

だって、裸に琵琶、だよ~、なんでそんなことになるの~!?裸にエプロン、的なもんか!?(発想が男子やな・・・(笑))いやいや、相手は神様だし!!となんだか訳がわからないんですが、まあ、とにかく興味津々だったわけです(笑)

モノレールに乗って江ノ島駅からてくてく歩くこと約20分。江ノ島には、宗像三女神がお祀りされていて、その中の市杵島姫神(イチキシマヒメ)は水の神様ということで、弁財天や瀬織津姫と同一視されることも多いのだそうです。弁天様も、元々はインドの水の神様(サラスバティ)ですもんね。ただ、いわゆる「裸弁天」は、イチキシマヒメのお祀りされている辺津宮のそばにある奉安殿にお祀りされていて、辺津宮のご本尊は別にいらっしゃるようです。

この奉安殿、拝観料が200円かかるんですが、江ノ島にそうそうしょっちゅう来る機会もないだろう、ということで、いそいそと拝観料を払い中へ。いよいよ弁天様とご対面です。中は写真撮影が禁止となっているので、写真はHPからの引用です。
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ほお・・・思っていたより小柄な弁天様。
「裸弁天」は俗称で「妙音弁財天」というお名前みたいです。リーフレットに「女性の象徴を全て備えられた大変珍しいお姿」とありますが、その辺りは御座布団でうまくぼやかしてあります。色白のつややかなお肌にブルーの髪の毛の色っぽい弁天様。鎌倉時代の作ということですが、むしろお隣に安置されている同じ鎌倉時代に作られた「八ぴ弁財天」の方が県の重要文化財に指定されています。こちらの弁天様は、琵琶は持っておらず、宝珠と剣を持っているのがなんだか珍しいですね。

しかし、なんで裸なんだ?ちょっと調べてみると、鎌倉時代に仏像によりリアリティを追求するという流れの中で衣類をまとわないお姿の仏像が製作されたのだとか。人間も中には着たきりスズメの方もいるかもしれませんが、たいていは、服を着替えますよね。そんな感覚で、衣類を「着替える」ための裸、なんだそうです。

え~っそうだったの~!服、着せてやれよ・・・・むしろ、どうして「裸の弁天様」として有名になっちゃったんでしょうね。彼女がなぜ衣服を着替えるための裸であるところ、あえて、服を着ないでありのままの姿で生きる元祖「裸族」的人生を選んだのか、その辺りが知りたいものです・・・ま、ご本人は、服着たいかもしれませんけどね(笑)

ま、それはさておき、弁天様は、音楽を含む芸能の神様でもあります。これからも末永く「音」に携わっていけますように、としっかりお願いしてきましたよ。江ノ島の話は気が向いたら続く。
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by sound-resonance | 2017-09-28 00:02 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

島と星座とガラパゴス

週末を利用して、ヨコハマトリエンナーレを見てきました。トリエンナーレなので、前回開催されたのは、2014年。この年のディレクターをされていたのが、大阪在住のセルフポートレートで有名な森村泰昌さんということで、興味を抱いて見に行ったのが、この美術の祭典を訪問した最初だったんですが、もう3年もたっちゃったんですね。まずもってそのことに驚きつつ、今年も見に行ってきました。

今年のタイトルは「島と星座とガラパゴス」というものなんですが、テーマ(ディレクターズメッセージ)が「『接続性』と「孤立」から世界のいまをどう考えるか?」というもの。私は前回のトリエンナーレしか見ていないので、最初からそうなのかは定かではないし、昨今の現代アートの傾向として、社会的課題との接点というのがあるような気もするので、そういった傾向を踏襲しているのかもしれませんが、個人的な感想としては、このトリエンナーレは特に社会性の強い作品を集めてあるな、という感じがします。

インターネットはもはや当たり前のように生活の中に入り込み、SNS等でこれまでとは全く違った「つながり」が見られるようになった今日この頃。一方で、個人の処理能力をはるかに超えた情報過多の時代の中であっぷあっぷしながら、限られた社会の中で孤立をひしひしと感じるようにもなっている社会。そんな社会の中に潜む「接続性」と「孤立」をテーマに約40組のアーチストの作品が集結しています。

その中でも、今回特に印象に残った作家は、木下晋さんと、クリスチャン・ヤンコフスキーさんの2人でした。

木下晋さんは、10Hから10Bまで様々な硬さの黒鉛筆を用いて、極めて緻密なモノクロームの絵を描かれる方。最後のごぜとも言われる小林ハルさんを描いた作品が瀬戸内海の豊島に展示されているのを見たことがあるので、初めてではないんですが、このトリエンナーレでは、元ハンセン病患者で詩人の桜井哲夫さんを描かれた作品他数点が展示されています。

合唱する手。黒鉛筆で描いたモノクロの世界。なはずなのに、角度によって、黒い部分が光って黄金色に見える。深い闇の中の金色の光。どきっとして角度を変えると、金色は黒に戻る。合わされた手の中には光がありました。
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木下晋さんは、孤独の中で生をまっとうした人たちに強く引きつけられ絵を書き続けてきました。小林ハルさんも、桜井哲夫さんも、その生き様をたどると、絶句してしまうような壮絶な人生を歩まれています。時代もあるんでしょうが、人権もへったくれもない、差別と偏見と貧困にさらされた人生。その中でも、彼らは、その人生を受け入れ、人としての尊厳を失うことはないのです。

そして印象に残ったもう一人、クリスチャン・ヤンコフスキーの作品は、身体と公共彫刻の関係性について言及するもの。その中のひとつ「重量級の歴史」は。ポーランドの重量挙げの選手たちが、ワルシャワ市内の数々の歴史的人物の彫像を持ち上げようと試みる様子を追った映像作品です。選手たちが持ち上げようとするのは、兵士の像であったり、人魚の像であったり、アメリカのレーガン大統領の像だったりして、それぞれに、ポーランドの「重い」歴史を象徴するものだったりするんですが、普段は自分自身の肉体の限界に単独で孤独に挑む選手たちがチームワークで彫像を持ち上げようとするところ、彼らがそのチャレンジに極めて真面目に取り組んでいること、持ち上がれば成功、持ち上がらなければ失敗というシンプルさ、成功した時のレポーター、観客を含めた喜びっぷりがなんだかほのぼのとしていて、見ていて楽しかったです。ま、テーマは「重い」んですけどね。でも、このシンプルさがいい。

「昭和世代」の私が単純についていけてないだけかもしれませんが、新たな「接続性」の時代の現代アートの展覧会は、「写真OK」が標準になってきていて、いたるところでシャッター音が聞こえてきます。私のようにブログに貼付ける人というのはむしろ少数派で、インスタグラム等SNSで短い文章と共にリアルタイムにアップされ、一時的に盛り上がり、忘れ去られていきます。このトリエンナーレでは、難民の問題、民族間の扮装問題、日本でいえば、原発の問題など「重たい」テーマを取り上げた作品がたくさんあるんですが、それらが、消費されていく感じにも若干違和感を感じたりもしたのです。アートって、なんだったっけ?この「昇華」されきらない発展途上な感じは何だろう・・・・みたいな・・・。ま、それも、リアルタイムな「現代アート」なのかもしれませんね。

ヨコハマトリエンナーレ 横浜美術館他2会場で開催中。11月5日まで


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by sound-resonance | 2017-09-26 07:42 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

中止になっちゃった・・・

以前、やなぎみわさんのデコプロジェクト「日輪の翼」について書いたことがありました。台湾から輸入したトレーラーを舞台に「日輪の翼」という劇をして全国を回ろうというプロジェクト。トレーラーに名前を入れてもらえるクラウドファウンディングに私も参加し、「透音」の名前を入れてもらいました!それが2014年の出来事。その当時は、劇の構想だけがあって、脚本も、出演者も何も決まっていませんでした。

そこから、2年たった2016年、いよいよ劇が上演、となったんですが、うまく日程があわず、行けずじまいでまた1年。やっと今日京都で上演される劇を見れると楽しみにしていたのに・・・

なんと台風到来で、上演中止!!

ぼーぜん。

なんで!?なんで、こんな時に台風がくるんだよ〜!!

野外での上演だから、仕方ないよね・・・と自分を納得させつつ、残念でございます・・・

「透音」の名前が入っているところ、自分の目で確認したかったのになああ。

そうそう、トレーラーを維持しながら、全国を上演して回るというのは、けっこうお金がかかる、ということで、再びトレーラーに名前を入れてもらえるクラウドファウンディングを実施中です。私が次の機会に天候に恵まれて劇を見ることができるように、興味のある方はご協力くださいませ(笑)




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by sound-resonance | 2017-09-16 16:00 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

ビジュアルを聞く

「夢の家」について一通り書いたので、また金沢の21世紀美術館に戻ります(笑)

21世紀美術館には有料ゾーンと無料ゾーンがあって、無料ゾーンで開催されている展覧会にも面白いものがあります。11月5日までlab.2で開催されている「sight」もそのひとつ。sightとは、超音波情報から空間を把握するイルカやコウモリにヒントを得て、視覚情報を音で認知することができるデバイスです。
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(画像は、美術館HPより引用)

実際に体験してみることができるので、試してみると、確かに身体の向きを変えたり歩いたりすると、耳から聞こえてくる音が変わります。展示室には、立方体や三角柱など、様々なオブジェが置いてあって、どれがどの「音」かまではわからなかったんですが、そのオブジェごとの音が聞こえていたよう。慣れてくると「ここにソファがある」ということが音で認知でき、ソファに座ることができるようになったりもするんだそうです。

ここでの視覚を音にするというのは、モノの形の「音」というよりは、認知者とモノの距離を音情報にして耳から聞くという方が正確な感じみたいでしたが、イルカやコウモリは、人間には見えも聞こえもしない超音波を使って、餌を取ったり仲間とのコミュニケーションを取ったりしていて、超音波が使えるかどうかは別として、人間にもそれができる可能性があるんだそうです。

この研究をされている方々は、1990年代生まれの20代の若い世代の方々。他にも「抑うつの精神状態を音声から推定する技術」とか「超音波を用いた映像制作システム」とか「合成音声を題材としたインスタレーション」とか面白い研究、開発をされています。いろんな研究をしている人がいるのだなあ・・・・音情報も視覚情報も元々は大雑把にいうと波、振動の情報です。目で見ること、耳で聞くことの垣根がなくなった先に、新しい感覚の世界が開かれていくのだとしたら、とても楽しみですね。


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by sound-resonance | 2017-09-15 20:06 | 観る・読む・聴く | Comments(0)