<   2014年 11月 ( 3 )   > この月の画像一覧

満月水と天満切り子

昨日は、満月でしたね。
その2日前の13夜は、「後の13夜」と呼ばれる171年ぶりに見られる名月だったのだとか。なんでも、旧暦を現代の暦に修正するために3年に1度うるう月を入れるらしいのですが、今年はそれが9月に挿入されて、10月6日の一度目の13夜以降、2度目の13夜ということになったんですって。
昨日の満月も、その前の13夜も、とっても綺麗なお月様が見れましたよ。

満月の夜には、できるだけ、家にある石に月光浴してもらうようにしているのですが、今回新しく月光浴アイテムが増えました。
天満切り子のグラス。お水を入れて、ブルーウォーターを作ります。

a0155838_10191162.jpg


切り子細工というと、薩摩切り子とか、江戸切り子が有名ですが、綺麗だな、と思いつつ三角形の切り口の鋭角な感じがどうも好きになれず、手元に置こうというところまではいかなかったのですが、この天満切り子、薩摩切り子の技術を伝承しつつ、「U字彫り」されていて、エッジが丸いというのか、とてもなめらかなんです。薬品処理をせず、ひとつひとつの全行程を一人で手作業されて完成するということで、透明感がすごいです。

老松町のとあるギャラリーで見つけてから、ちょっとはまってしまい、他にも赤と、グリーンのグラスを持っているのですが、他のグラスはお酒をいただくのに、使っています。いやあ、酒がすすんでじゃって、すすんじゃって、困る、困る・・・(笑)

でも、この青いグラスは、お水専用です。
朝起きて一番に、満月水をいただきました。このところ、ばたばたしていて、落ち着かない日々を送っていたけれど、心静かに一日を過ごせそう、かな・・(笑)
[PR]

by sound-resonance | 2014-11-08 10:19 | 音・色あれこれ | Comments(0)

参加してみた!

やなぎみわさんの「デコプロジェクト」本日まで!!

https://motion-gallery.net/projects/yanagi_stp
[PR]

by sound-resonance | 2014-11-04 08:03 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

花びらは散っても花は散らない

みなさま、お久しぶりです。
お元気でお過ごしでしょうか。
前回のブログ更新から、随分と時間がたってしまいました。

サウンドレゾナンスに出会い、音の持つ力、声の持つ力をみなさんにお伝えしたくて、色と音に関するトピックをブログで発信していましたが、日本において、日本人としてサウンドレゾナンスに向き合い、提供するにあたって、どうしても日本の音について、自分なりに知っておきたくて、結果的にブログをお休みする形となっておりました。

小さい頃から、ヤマハ音楽教室のアンサンブルコースから始まって、ピアノ、エレクトーン、高校の時にはブラスバンド、大学に入ってバンド活動、などなど、音楽に親しんできて、音楽を奏でるのに、楽譜があるのが当たり前だ、と思っていました。楽譜があるからこそ、いつでも、どこでも、誰でも、楽譜の通りに音を出せば同じメロディーを演奏することができる。それが音楽だ、と思っていました。

サウンドレゾナンスのティーチャーコースを受講している時に、色別に音楽を探すという課題があって、せっかく日本人だから、ドイツ人のコマラに、日本の音楽を紹介しましょう、と思って、日本の音楽を探し始めて、改めて、いわゆる西洋の音楽と、東洋、少なくとも日本の音楽の違いを目の当たりにし、これは、そもそも、音そのものに対する認識が全然違うんじゃないか、と思うようになりました。
音の捉え方の違いは、すなわち時間の捉え方の違いだったり、もっと大きいところでいうと、生き方の違いにもつながっているような、そんな気がしています。
もちろん、どちらがいい、悪いということではないのですが、どちらも知っておいた上で、今を日本で生きるということについて、考えていきたいな、と、そんな気がしています。

今日は、「声明 四箇法要〜花びらは散っても花は散らない〜」を聞きに行ってました。声明とは、仏典に節をつけて、お坊さんが声で表現する仏教音楽みたいなもので、日本の音楽のルーツのひとつとも言われています。今回は、天台宗と、真言宗のお坊さんが、それぞれ15人ずつ、計30人のお坊様が、交互に、時には一緒に、声明を奏でてくださいました。
いわゆる音符の並んだ西洋の楽譜のようなものはなくて、節回しは宗派によっていろいろあるようですが、口伝えで伝えていくものみたいです。
そして、今回は、伝統的な声明だけではなくて、現代に作曲された声明を聞くことができました。
「海霧讃歎」という作品。
「海霧に とけて我が身も ただよはむ 川面をのぼり 大地をつつみ」という和歌が天台宗、真言宗のそれぞれの旋律形でくりかえし唱えられる中で、奏でる人それぞれの微妙な呼吸の長さの違いによって、微妙なズレが生じ、それが重なりあって、その場、その時、その人達にしか出しえない「響き」になっていく・・
それは、楽譜があって、いつでも誰でもどこでも同じ音楽を奏でること、とは全く違う音感覚です。
この和歌は、東北大震災で亡くなられた女性が亡くなる1年ほど前に詠まれた歌だったそうで、「人間は自然から生まれ、やがて自然へ還っていく」という思想を持たれた方だったのだそうです。
作曲者である宮内康乃さんは、その思想に、仏教的な死生観、無常観に通じるものを感じ、深く共感し、この和歌を唱える声明を作曲されたのだそうです。自然から生まれ、自然に還るという思想と仏教がつながることそのものがとても日本的だと個人的には感じるのですが、いずれにしても、歌というのが、祈りを少なくとも一つのルーツとしているという感覚にはとても共感できるものがありました。

声明、特に「海霧讃歎」が奏でられている間、30名のお坊さんは、全員男性で、特段女性のような高音のパートを受け持つ方がいらっしゃるわけではないのですが、男性の声が重なって響くふとした瞬間に、女性の声のような高音が響いてきたり、風の吹くような音が聞こえてきたりして、びっくりしました。まるで目に見えない何かスピリットみたいなものが、人の奏でる音に呼応しているような、そんな不思議な感じがしました。もちろんこれは倍音の現象で、作曲した方も、それがよく表現されるように計算して作曲しました、とおっしゃっていたので、原理はあるわけですが、昔の人って、寄り集まってはみんなで歌って、倍音によって、自然の中の様々な精霊達と交歓するような、そんな体験をしていたんだろうなと、そんな気がしました。楽器って、精霊達の呼応をちょっとでも真似して、永遠にしておきたい、そんな人間の願いから生まれたものだったのかもしれません。

西洋では、そうやって、楽器がどんどん発達していくわけですが、日本ではそれほどの発展はみられませんでした。その辺りの文化、音感覚の違いなんかについても、これから、ちょっとずつ書いていけたらいいな、と思っています。
[PR]

by sound-resonance | 2014-11-01 11:11 | 観る・読む・聴く | Comments(0)