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聞き比べ!!

先日「錬金術とストラディバリ」という本を取り上げましたが、ストラディバリと他のバイオリンの音の聞き比べができるページがあります。→こちら

3つのバイオリンの音を聞き比べて、どれがストラディバリか当てるというもの。
3つのうち、ひとつが確実に「安いバイオリン」だなということはわかったのですが、18世紀のドイツのバイオリンとストラディバリを間違えてしまいました・・・・(泣)なんとなーくストラディバリって人を選ぶっていうのか、弾きこなすのが実は難しいのかな?っていう偏見でつい・・・どんな人が演奏しても、名器は名器なのですね・・・・感心。というのか、これはあくまでも個人的な感想ですが、なんかどんな場所でも、同じような音を出せるっていう意味の優等生っぷりを感じたので、もっと個性的なじゃじゃ馬タイプが好きな人もいるかもしれず、どんな「音色」が好きかっていう辺りは好みの世界かもしれないです。しかし、この演奏、ちょっと残念すぎです。もうちょっとなんとかならなかったのかしら・・・・・・(笑)

数億円の値段がつくというストラディバリの音色と、5000円のバイオリンの音色、聞き分けられるか、みなさまも、どうぞ、試してみてくださいね♪
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by sound-resonance | 2015-04-29 00:00 | 音・色あれこれ | Comments(0)

錬金術とストラディバリ

「虹の解体」のところで、「錬金術とストラディバリ」という本が興味深かったということをちらっと書きましたが、今日はその本について、少し。
この本は、「ピタゴラスが発見したとされる音程と比率との関係から始まり、中世において神の完全性の象徴としてとらえられていた音楽と科学が、初めはおずおずと、しだいに大胆に、神とのつながりを失っていく(あるいは、そこから解き放たれていく)過程を描き、そこで重要な役割を果たした望遠鏡や顕微鏡といった道具をクローズアップ」(以上訳者あとがきより引用)しています。
私たち人間を覆うように存在する宇宙(マクロコスモス)が、人間の中に拡がる小宇宙(ミクロコスモス)に呼応していると考えられていたピタゴラスの時代には、「科学」と「音楽」は同じカテゴリーの学問としてとらえられていました。学問を追究するものは、天体を中心とする自然のありようを観察し、そこからシンプルで美しい調和を見いだそうとしました。ニュートンの登場以来、「科学」と「音楽」は切り離され、世界を理解するうえでの科学の優位性が確立していくとともに、観察対象がマクロからミクロの方に転換していく様が描かれてあって、その辺りがとても興味深かったです。
ニュートンというと、万有引力を発見した人で、これまでの混沌とした未開の世界に明晰性と秩序をもたらした「近代科学の父」みたいな印象がこれまでありましたが(この印象自体が科学優位の見方ですが・・(笑))、同時に最後の錬金術師でもあったんですね。本の中では、彼が実験に使用していた「道具」として「蒸留器」が出てきますが、これは、自然界の生成過程が際限される小宇宙、ピタゴラスから始まって、中東経由でルネサンス期にヨーロッパに伝わった、科学と音楽が袂を分かつ前の「(音楽を含む)科学」を示す象徴的な道具であり、ニュートン自身も、最初は自然界に存在するモノから「黄金」を作りだそうと努力した錬金術師の一人でもあったわけです。(そして、色と音の相関関係についても研究していたそうです)彼の発見した万有引力の法則、マクロコスモスにおける惑星のダンスを指導するのとまったく同じ仕方でミクロコスモスにおけるリンゴにも適用されるという認識は、この小さな世界のごく普通の出来事は、直接に宇宙全体という大きな世界とつながっているという、錬金術から救い出された信念にもとづいていました。
ニュートン自身は、自らが説明できたのは、簡単に感知できる比較的大きな運動に関する限りでの、目に見えるこの世界の体系であるが、運動する粒子が小さくて感知できないような、その他多くの局所的な運動が存在する、と述べていたそうです。そして、「もし誰かが運よくこれらすべての運動を発見することができれば、その人物は、ものの力学的な原因が関わる限りにおいて、諸物体の本性全体を明らかにすることになるといってもいいだろう」とも言っています。ここで、錬金術は「化学」になり、モノを形づくるより「小さい単位」への探求へと方向性を変えていったのです。そうやって、分子が発見され、原子が発見され、原子でさえも、まだ原子核と電子に分解できることがわかり、今現在の最小単位「素粒子」まで行き着きました。(さらに、素粒子は、1次元の極々小さな「ひも(弦)」でできているのではないかというひも理論が研究されています)
本の中では、音楽の「道具」としてのバイオリンが取り上げられていますが、1600年代に作成されたバイオリンの名器、ストラディバリの音色が、どんなに細かい「科学(物理学)的分析」をもってしても、未だに再現できていないということが書かれています。使われている板の素材、造形の曲線の角度、ニスの混合のレシピ・・・ひとつひとつの項目についての分析はかなりの精度で進んでいても、それを総体としてくみ上げた時、決してストラディバリにはなりえていないのです。著者はこの例で、あるシステムの記述と、そのシステムのその時点での振る舞いは、そのようなシステムの将来における振る舞いを正確に予言するのに必要な理解を生むはずだというニュートン科学よりも現実はもっと複雑で、ずっと制約があるものであり、ニュートン流の世界観の根底にある欠陥、ほとんど目にみえないひびが明らかになってくると指摘しています。
モノはどんどん細かく細分化され、素粒子までいきつきましたが、一方で、ハイゼンベルクによって、単一の実験において、運動している粒子の位置と速度の両方を絶対的に正確に測定することは不可能であるという「不確定性原理」が発見されてしまいました。私達が何かある一面に「注目」すると、それ以外の要素(面)は正確には測定できないのです。何度やっても誰がやっても同じ結果が出るという科学の根本原理がくつがえされ、科学は万能さを失ったのです。
それでは、科学が全くの無意味なものかというと決してそうではなくて、私たちは現に科学の恩恵を受けています。電気なしの生活はもはや考えられません。ただ、知っておかなければならないことは、「科学は現実に対するわれわれの知覚を定量化する」ということです。
著者は言います。
「われわれは見る。われわれは見るものについて考える。われわれは見てきたものの肖像を創造するー見いだすのでもなく、発見するのでもなく、つくりだす。それはただ一つの真実ではなく、真実のうちのひとつであり、描かれたものでも、そのまちがった複写でもない。それは本物であるーわれわれがそれをつくってきたのである。それは『どんな実人生よりも激しい』われわれの経験を抽出する。われわれは、描写することを可能にする知識をとらえようとする。なぜなら、描写のなかに、われわれは啓示を求め、ときにはそれを見いだすからだ。究極的な啓示は、われわれをわれわれ自身に、われわれが誰で、(最も広義の意味で)どこに住み、どのようにこの道にやってきたかということについての認識に導くものである。」
一端袂を分かった科学と芸術、「創造する」という意味において、再び人が生きていくためのツールの両輪として、バランスよく時には融合しながら、協働していく必要があるような気がします。たぶんというより、おそらく絶対、科学と芸術って両方とも必要なものだと思います。というよりも、著者のいうように、科学の方がが芸術の一形式なのだと思います。そんな認識がもっと拡がっていってほしいものですね。
日本語訳で400ページを超える分厚さで、科学と音楽の間を行ったり来たりしながら構成されているこの本、他にも示唆的な部分がいっぱいありましたが、今回はこの辺で。

「錬金術とストラディバリー歴史のなかの科学と音楽装置」トマス・レヴェンソン著 中島伸子訳 (2004)
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by sound-resonance | 2015-04-27 21:17 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

夜と霧

「ここで必要なのは生命の意味についての問いの観点変更なのである。すなわち人生から何をわれわ れはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問 題なのである。」

「ところで具体的な運命が人間にある苦悩を課する限り、人間はこの苦悩の中にも一つの課題、しか もやはり一回的な運命を見なければならないのである。人間は苦悩に対して、彼がこの苦悩に満ち
 た運営と共にこの正解でただ一人一回だけ経っているという意識にまで達せねばならないのであ  る。何人も彼から苦悩を取り去ることはできないのである。何人も彼の代りに苦悩を苦しみ抜くこ とはできないのである。まさにその運命に当った彼自身がこの苦悩を担うということの中に独自な 業績に対するただ一度の可能性が存在するのである。
  (中略)
 われわれにとって問題なのは死を含んだ生活の意義であり、生命のみならず苦悩と死のそれとを含 む全体的な生命の意義であったのである。
 苦悩の意味が明らかになった以上、われわれは収容所生活における多くの苦悩を単に「抑圧」した り、あるいは安易な、または不自然なオプティミズムでごまかしたりすることで柔らげるのを拒否 するのである。われわれにとって苦悩も一つの課題となったのであり、その意味性に対してわれわ れはもはや目を閉じようとは思わないのである。
  (中略)
 ・・・私がかつて、どうして彼の飢餓浮腫が癒ったかを聞いたある友は、比喩的に次のように云っ た。「私がそれに泣き抜いたからです。」

 フランクルの「夜と霧」、学生の頃から読まなくちゃ、と思いながら、怖くて手に取ることができなかった本。ふとしたきっかけで友人から改めて薦められ、意を決して読んでみることに。
作者は、アウシュビッツでの収容生活を経験した精神科医ですが、彼の体験を元に書かれたこの本の中で語られていることは「科学」を超えていると思います。人間がこれ以上ないというくらい過酷な状況におかれた時、肉体が限界にまで追い込まれた時、生と死を分けるのは、私たちをいかしている大きな存在に気づき、その存在が私たち一人一人に託した使命、意志を生き抜くと決意するかどうか、その「存在」を神と呼んでもいいだろうし、別の呼び方でもOKだと思います。その「存在」が実際にあるのかどうかというよりは、その概念を持つかどうかが大事なのだと思います。
コンセプトが人間を良くも悪くも、人間たらしめます。
ヒトラーの「コンセプト」によって、アウシュビッツという悲惨な歴史が刻まれました。でも、その悲惨さの中でもコンセプトは自分で選び取ることができるのだということをこの本は教えてくれているような気がします。この歴史は二度と繰り返されてはなりません。でも、起きてしまったことから学んだこと、それを後世に伝えようとする勇気からは、学び、感謝して受け取りたいものです。

 原作は、1946年、最初の日本語訳は1961年に発行されていますが、2002年に新版が出ているようですね。私が「学生の頃、怖くて読めなかった」みたいな話をしたら、友人は「怖くないよ」と言ってましたが、その方は新版の方をお持ちだったのだろうと思います。最初の版の方は、写真と解説付きで、やはりかなりショッキングな内容なので、注意してお読みくださいね。
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by sound-resonance | 2015-04-25 20:57 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

UVレジン

手持ちの2液を混ぜるタイプのレジンがなくなったので、今はもっぱらUVレジンで小さなレジンワークを作っている私。「オルゴナイト」と断言しちゃっていいのかわかりませんが、金属と、クリスタルを入れてなんとなくオルゴナイトかな!?みたいなものをせっせと作っております(笑)最初は、金属は、使わなくなったアクセサリーとかなんでも入れちゃえ!!的な感じで作っていたオルゴナイトでしたが、小さな作品となると、やっぱり金属も形が整っている方が可愛いかも!?とか思い、チャームを買ってきちゃったりとかして、なんだか本末転倒な気分・・・でも、クリスタルだけよりも、金属をミックスしたものの方が見た目だけじゃなくて、なんとなくパワフルに思えてしまうのは、なんとも不思議ですよね〜。

UVレジンっていうのは、紫外線で固まるレジンのこと。クラフトショップ、東急ハンズのホビーコーナーなどに、いろんな種類のレジンが売られております。
今使っているのは、「UVレジン 太陽の雫 ハードタイプ」というもの。

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このシリーズは、他にソフトタイプと、グミタイプがあるみたいですが、ペンダントトップとか携帯ストラップのチャームみたいなものを作るのには、ハードタイプが向いていると思います。
専用のUVを照射する機械(ライト)もありますが、太陽光でも固まります。若干UVライトを使うよりも時間がかかりますが、天気のいい日だと30分も置いておけば十分に固まっております。液を混合する必要もないし、小さな作品を作るのにはとても便利ですね。難を言えば、普通のレジンよりもお値段高めで、容量だけで比較すると10倍以上のお値段がしちゃいますので、大きな作品を作る時には向かないかも。まあ、この辺りは用途にあわせて、使い分ける必要がありそうです。
お肌の大敵の紫外線も、ここでは有益な光線に。私はライトを持っていないので、もっぱら太陽の光の恩恵を受けて作品づくりをしています。最近では、よく腫れた日には、「お!?レジンしなくちゃ」みたいな気になってそわそわしていまいます(笑)
そうそう、レジンを固めるために外に出す時には、風に気をつけてくださいね。先日ベランダに出したまま外出して帰ってきてみたら、風に飛ばされてちゃってました。ベランダにはなくて、大捜索の末、マンションの1階外で発見しましたが、第一発見者が、オルゴナイト作ってるんだな、とわかってくれるとは限らないので(笑)目を離す時には、風の影響を受けないように、ガラス越しにするとか風よけをするとかシートをしっかり固定するとかの対策をお薦めします。
あと、私自身はそんなに気にしてませんが(気にしろよ!(笑))、小さな作品は気泡が目立つので、レジンをシリコン型に注入してからしばらくは、気泡が上がってこないかどうか見ておく方がよいかも。気泡は固まらないうちなら、つまようじやなんかで刺すとつぶれるので、固まらないうちにつぶしておいてくださいね。

今日(もう昨日かな)は、三日月がとっても綺麗ですね。
アメジストとラピスラズリで作った三日月のオルゴナイト。先に水色のパウダーを混ぜたレジンをシリコン型の中で固めてから、石を載せて、透明のレジンをかぶせています。なかなか夜っぽい。鉄製のビーズを星に見立ててみました。ペンダントにでもしてみようかな??
そうそう、4月22日夜〜23日未明にかけて、こと座の流星群が見れるらしいですよ。平日なので、明日のお仕事に差し障りのない程度に、宵っ張りの方は、一度北東の夜空を眺めてみてくださいね。

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by sound-resonance | 2015-04-23 00:15 | オルゴナイト | Comments(0)

ぐりとぐら展

伊丹市立美術館で開催中の「ぐりとぐら展」に行ってきました。
ぐりとぐら、生誕50周年の記念の展覧会だそうです。

ぐりとぐら、子どもの頃、大好きな絵本でした。
シリーズ一番最初のお話「ぐりとぐら」の中で、二人が作る「カステラ」が美味しそうで美味しそうで、カステラを焼くいい匂いに誘われてわらわらとやってきた動物達が一緒に食べているシーンが
可愛くて可愛くて、ストーリーはとうの昔に覚えてしまっているのに、何回読み返しても、ちっとも
飽きない絵本のひとつでした。

作者の中川さんが、ぐりとぐらの中に「カステラ」を登場させたのは、当時保育仕をしていた中川さんが、職場の保育園で子ども達に読み聞かせていた本の中で特に人気のあった「ちびくろサンボ」に出てくるパンケーキよりも、もっと贅沢で美味しいものをふるまって、子ども達を喜ばせようと思ったからだそうです。
当時は、カステラって、桐の箱に入っていて、よその家にお呼ばれに行く時に持っていくような特別なお菓子だったんですって。
確かに、ちびくろサンボの虎が木のまわりをぐるぐるしているうちにバターになっちゃって、そのバターで焼いたパンケーキっていうのも、すごく美味しそうだったけど、ぐりとぐらが森の中で見つけた巨大卵で焼いたカステラは、それを上回る美味しそう具合でした。

小さな野ねずみのぐりとぐらが大きい卵と格闘する様子も、可愛さを倍増させていますね。

あと、「ぐり」と「ぐら」という名前も、子どもを惹きつけた大きな要因だったと思います。
ぐりとぐらの名前って、フランスの絵本「プッフとノワロ」の中に出てくる野ねずみが歌う「グリッグルグラ、グリッグルグラ」っていう不思議な歌から取ったらしいんですが、1954年に登場した
「ゴジラ」に代表されるように、濁音と、ラ行の音って、不思議と耳に残って、異世界感を醸し出していますよね(笑)
なんだかいかにも子どもの好きそうな、音感です。
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彼らの身体の色はオレンジ色ですが、実際に博物館に行って、オレンジ色のねずみの標本を見て、従来のねずみのイメージの灰色ではなくて、オレンジ色のねずみにしたんですって。

思えば、子どもの頃読んだ本の中に出てくる食べものって不思議とめちゃくちゃ美味しそうでした。
例えば、メリーポピンズのお茶会の中に出てくる「バタ付パン・ジャム付パン」、くまのプーさんの
中に出てくるプーさんのはちみつ・・・・今思えば、単なるバターのついたパン、ジャムのついたパン、はちみつで、子どもの頃にも食べたことはあったはずなんですが、現実に食べたのよりも、物語に出てくるものの方が断然美味しそうに思えたものでした・・・・

それと比べると、ハリーポッターの中に出てくる食べ物って、私にとっては、いまいち美味しそうじゃありません・・・・
蛙チョコレート、百味ビーンズ、大鍋ケーキ・・・・・・・
うーん、そそられん・・・・・
私がハリーポッターにいまいち感情移入できないのは、食べ物が美味しそうじゃないからかも(笑)

ぐりとぐら展 伊丹市立美術館 5月31日まで 
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by sound-resonance | 2015-04-21 23:48 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

アクア系

オルゴナイト、瓶詰めのものも作ってみましたが、やっぱり固まったレジンをシリコンからはがすのが気持ちいい(笑)だんだん気候も暖かくなってきたので、1日我慢すれば、固まるしね。
クラフト用のシリコン型もいろいろな種類がありますが、お料理コーナーに行くと、製氷用とか製菓用とかのシリコン型も充実していて、オルゴナイト作りに活用できちゃいます。
ということで、お料理コーナーから、海シリーズのシリコン型をゲット。今回は水色のカラーパウダーを型に流しこむ前にレジンに混ぜて、色をつけてみました。
できあがったのが、こちら。

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アクア系なので、アクアマリンをたくさん入れました(そのまんまですな(笑))アクアマリン、ターコイズ、あと、水色には、コミュニケーションというキーワードがあるので、携帯とかスマホやなんかに付けるといいかもですね。電磁波対策にもなって、一石二鳥かもです。
カラーパウダーの他に、ラメパウダーも前もって混ぜこんでおいたので、きらきらしてますが、ぎらぎらまでいかないでなかなかに神秘的でいい感じに。ドーナツ型の1つには、黒曜石をいれましたが、ちょっと宇宙っぽい感じになりましたよ。
そうそう、上段のものには、ニスを塗って、下段のものは、シリコン型から出したまんまの状態ですが、透明だと、断然ニスを塗った方が素敵になるのに比べると、色がついてると、ニスを塗っても塗らなくても、どちらも、なかなかにいい感じです。
レジンは固まると、かっちかちになりますが、今回、かちかちになるちょい前くらいにも、ちょっとやわらかいけど、シリコン型からは外せる、くらいの固さの瞬間がありました。その瞬間に、シリコン型から外しておくと、ストラップ用の金具やなんかが比較的楽にねじこめます。金具をねじ込んだ上で、そのまま放置しておくと、かっちかちになります。まあ、見極めがちょっと難しいですけどね。
2液を混ぜて作るレジンは、手持ちが終了。しばらくは、UVレジンを使って、小さなオルゴナイトでも作ってみようかな。(結局、はまってるやん・・・(笑))
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by sound-resonance | 2015-04-20 00:10 | オルゴナイト | Comments(0)

始まりの新月

4月4日の皆既月食の満月から早2週間、明日は、新月ですね。
19日の午前3時57分に新月に入るみたいです。

何か新しいことを始めるためのエネルギーや勇気をもらう、みたいなお願い事がいいみたいですよ。
4月、学生さんは新学期、社会人の皆さんは、就職、人事異動など新しいスタートが本格化する時期ですよね。
自分だけでは、ちょっとスタミナが足りないな、勇気が出ないな、という時には、新月にアファメーションしてみましょう。お月様がきっと後押ししてくれますよ。

かくいう私も、ドーキンズさんに逆らって(笑)西洋占星術を習い始めました!星座の始まりはおひつじ座、ちょうど今の季節ですよね。生まれたての無垢な赤ちゃんみたいなエネルギーがおひつじ座の特徴みたいです。とにかくエネルギッシュなので、今まで着手できなかったことに手をつけるのに、おひつじ座のエネルギーはうってつけです。
月2回ペースくらいで、のんびりゆっくり学んでいくので、まだまだ先のことでしょうが、そのうち、透音の週間星占い、みたいな記事を載せるかも(笑)めざせ、石井ゆかり!!(笑ー石井ゆかりさんの筋トレ、文章が素敵で面白いですよね〜)期待しないで待っていてくださいね〜♪

そうそう、オルゴナイトは、自分の手元に届いてから、何をして欲しいかのプログラミングをすると、エネルギーが倍増するという説もあるようです。まだプログラミングをしていないみなさま、新月に自分のお願い事を明確化して、オルゴナイトのプログラミングをしておくと、お願い事の実現を早めるお手伝いをしてくれるかもしれませんよ!
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by sound-resonance | 2015-04-18 22:10 | 音・色あれこれ | Comments(0)

山吹色

桜の花は盛りを過ぎて、都市公園では、つつじの花がちらほらと咲き始めましたが、人知れず?山吹の花が満開を迎えていますね。

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小学生の頃使っていた水彩絵の具の12色基本セットの中に、「山吹色」というのがあって、花よりも先に「色」の方に馴染みが深かった山吹、今でも、花を見る度に「絵の具」を思い出してしまいます。でも、ちょっとネットで調べてみたら、セットに入っている黄色系の絵の具は「レモン色」「黄色」となっていました。
???
セットに入っている色が変わったのか?それとも、私の思い過ごし??

「ビリジアングリーン」も「みどり」になっていました。
時代とともに、絵の具の色も変わっていくのかもしれないですね。

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by sound-resonance | 2015-04-17 20:50 | 音・色あれこれ | Comments(0)

エンジェルナンバー888!

めったにないことなのですが、夜中に突然ジャンクなお菓子が食べたくなった私。
こういう時は我慢しても余計に身体に毒なので、お財布の中から1000円札を抜き出し、
1枚だけ持ってコンビニエンスストアへ。
甘い系のチョコ菓子と、辛い系のおせんべいをかごに入れたところで、非常食にいいかも、と
シリアル系のクッキーを手にとり、ついでに明日の朝にいいかも、と菓子パンもかごに入れて
レジへ。
ざくっと計算はしていたつもりだったんですが・・・・・・・
店員さんに告げられた金額は、1,018円。
た、た、足りない〜!!!
あわてて、持っていたバックをひっかきまわすも、出てきたのは、1円のみ。17円足りない・・
恥をしのんで、菓子パンを1個返却することに。
改めて、計算してもらった金額は・・・・・なんと888円!
ぞろ目。
1000円札を出して、お釣りを112円もらって、帰宅。

888のぞろ目って、なんか意味あるのかな、と思って、買ってきたお菓子を食べながらネットで
検索してみると・・・・

☆エンジェルナンバー888(天使からのメッセージ)

「宇宙は豊かで寛容です。
あなたはそのつきせぬスピリチュアルな流れを
注いでもらう方法を学びました。
大きな経済的な成功は今もこれからも、あなたのものです。」

ですって。
いや、私、まさに今しがた、お金足りなくて、めちゃくちゃ恥ずかしかったんですけどっ!!!
天使、嫌味???
それとも、あんまり欲張らないようにすれば、経済的な豊かさが来ますよ、っていう警告??

よくわかんないけど・・・・
天使ちゃん、恥をかいた分くらいは、豊かさを運んできておくれ(笑)

こういうのも、ドーキンスさんの手にかかれば、珍しくもなんともない「単なる偶然」として、
買い物において、888が出現する確率やなんかを計算されちゃうんだろうなああ・・・・
(私、意外に根に持ってる!?(笑))
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by sound-resonance | 2015-04-15 22:02 | 音・色あれこれ | Comments(0)

虹の解体と占星術

先日、ヘレンケラーの「私の生涯」を孫引きしましたが、その時読んでいた出典元がリチャード・ドーキンス「虹の解体」。
リチャード・ドーキンズといえば、日本では「利己的な遺伝子」が有名ですね。
「利己的な遺伝子」私は読んでいないので、詳しい内容は知りませんが、進化論を遺伝子の観点からとらえたもの。人間の「肉体」は「利己的」な遺伝子が種を後生に残していくための単なる乗り物に過ぎないという論旨に、人生には、目的も使命も何もない、みたいなニュアンスを読み取って、なんだか救いのない衝撃を受けた方も多かったみたいです。
「利己的な」というのは、比喩的な表現で、必ずしも遺伝子そのものが意志をもって、自分だけが勝ち残るためにわがままにふるまう、みたいな意味で使ってあるわけではないようですが、一般的な感覚からいうと、「利己的」と聞いてしまうと、なんだか、勝ち残るためにはなりふりかまわず手段を選ばない遺伝子に自分自身が乗っ取られちゃったみたいな感覚になって、殺伐とした気分になっちゃうのもわかるような気がします。

さて、私が今回読んだのは、「利己的な遺伝子」ではなくて、同じ著者の「虹の解体」という本。「いかにして科学は驚異への扉を開いたか」という副題がついています。
訳者のあとがきによると、タイトルの「虹の解体」というのは、詩人モーツの言葉に由来していているのだそうです。キーツはニュートンを、虹を物理学的に解体し、光のスペクトルとして説明してしまったことによって、虹の詩的側面を損なってしまったという理由で嫌っていたとのこと。でも、それはむしろ逆で、ニュートンが虹を解体したことによって得られた新しい世界観によってこそ、地球、宇宙に対する「センスオブワンダー」が喚起され、それが本当の「詩性」の源となるべきものだ、という考えから、書かれたのがこの本だとのこと。
色について探求している私、何かの参考になるかな、と思って正直「利己的な遺伝子」の著者だと気づかずに読み始め、なんだか惹きつけられない注意力散漫なまんま、斜め読み感覚で読了してしまったのですが、その中で、「占星術」が悪の権現、エセ科学、人の心を惑わす「迷信」の代表、のように書かれていたのが個人的には面白かったです。

なぜなら、私、今まさに西洋占星術を習いに行こうと思っているから!(笑)

私自身、今なぜ、星占い?なぜ?何故に??という感じもありつつ、でも、やっぱりここでちゃんと習っておこう、という思いの方が強くなっての決断だったのですが、このタイミングで、ドーキンスからのまさかのダメだし(笑)でも、逆に私がどうして星占いを今習おうと思ったのかを自分の中で考え直すよいきっかけになりました。

音(音楽)のことを勉強していると、そのルーツの一人としてピタゴラスが出てきます。
ピタゴラスは、宇宙は壮大で美しいハーモニー(調和)を奏でており、それは、シンプルな数(数の対比)で表現されうると考えていました。数字は、彼にとって特別な意味をはらむものでした。人間は宇宙と一体であり、宇宙のハーモニーの秘密を知ることは、人間を知ることにもつながりました。
音楽でいうと、彼の考えたピタゴラス音律が、今の12音階の着想の元になっています。
「天球の音楽」を探ることは、天文学や数学と切っても切り離せない関係にあり、その意味で、「科学」のひとつだったんですね。

占星術そのものは、ピタゴラスが考案したものではありませんが、ピタゴラスのこんな思想を受け継いだギリシャ人が、人を知るために星の動きを見るツールとしての西洋占星術を発展させていったのではないかと思います。

ピタゴラスが考えた「天球の音楽」は完璧であり、シンプルな数字で表現されるべきものでした。
実のところをいうと、ピタゴラス音律で12音階を考えていくと、1オクターブとして出てくる音は基音とぴったり「調和」しません。一緒に奏でると、なんともいえない不協和音が出てしまうというのか、耳障りな「うなり」が出てしまい、そのズレのことを「ピタゴラスコンマ」と言うのですが、ピタゴラス自身は、そのズレを認めなかったらしいです(あくまでも伝説ですが)。ズレを認めてしまうことは、宇宙の完璧性を否定することであり、彼の宇宙に求める美的センスがそれを許さなかったのでしょうね。

その頑なさが、きっと、今認識されているところの、少なくともドーキンスが属するところの「科学」から攻撃されてしまう理由の一端をみせてくれているような気もします。確かに西洋占星術が「発明」された当時は、天体は完璧なハーモニーを保っており、人間は、その天体のミクロ版でしたから、星の動きから知った人間の運命は「鉄板(ってまだ言うのかしら・・・(笑)」であって、流動性のない固定的なものであったかもしれません。

実際のところ、ピタゴラスの音律は微妙なズレを生じさせ、天体は、完璧なハーモニーなど、奏でていませんでした。後に、「科学」は「音楽(芸術)」と袂を分かちました。人間と天体には何の関係もないという現代的科学観の中にあっては、西洋占星術は確かに「ナンセンス」かもしれない。

でも、占星術は、「人を知るためのツール」として今でも有効だと思うのです。
絶対性・完璧性というのが、「幻想」であることを知った上でみれば、宇宙と人間が一体であるという思想そのものは、今も十分に魅力的だと思うのです。その思想にロマンを感じる人が圧倒的に多いからこそ、未だに「信じてないけど・・」といいながらも、雑誌やネットで定期的に発表される星占いを楽しみにしている人達がたくさんいて、ニーズが廃れないのだと思います。
確かに、すべてを占星術に求めることはナンセンスです。自分の運命のすべてを星占いにゆだねて、占い師の言葉に一喜一憂し、占い師に高額の報酬を支払うくらいなら、自分で運命を切り開く方がずっと建設的です。でも、いくら科学が「詩的」であっても、「利己的な遺伝子」という言葉が、一般的な人々を絶望に陥れたのと同じくらいには、逆に、星占いが、人に希望を与える言葉を人に提供できる可能性もあるのではないでしょうか。

完璧ではないけど、「かいまみること」はできる。そして、ツールは使いよう。本当は、「科学」自体も、そんなものだと思うのですが、科学に完璧性、全体性という「幻想」を抱いている人がまだまだ多いような気がして、むしろ、個人的にはそちらの方が危険なような気がしますが、いかがなものでしょうか。

そのあたり、「虹の解体」よりも、次に読んだ「錬金術とストラディバリ」という本の方が共感を得られたのですが、その辺は、またの機会に。
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by sound-resonance | 2015-04-15 18:30 | 観る・読む・聴く | Comments(0)