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数字が風景に見える人

ダニエル・タメットさんの「ぼくには数字が風景に見える」という本を読みました。

著者のダニエルさんは、サヴァン症候群でかつ共感覚の持ち主という希有な方。サヴァン症候群とは、知的障害や発達障害がある人のうち、ごく特定の分野において、通常では考えられないくらい特別な能力を持っている人のことを言います。このような人たちの存在は、キム・ピークさんという実在の人物をモデルにした1988年公開の映画「レインマン」で一躍世に広く知られるようになりました。サヴァン症候群の人たちの能力には、例えば一瞬見ただけの風景を下絵もなしに、完璧に絵にできる、とか、オーケストラのような複雑な楽曲を頭の中で構成して譜面に起こせるとかいろいろな分野があるようですが、ダニエルさんは、10カ国語を話せたり、独自の言語を考えだしたり、語学の分野に特別な能力をお持ちのようです。

語学だけではなく、数字にも強くて、自閉症のチャリティのために、円周率を実に2万2514桁も暗唱し、ヨーロッパ記録を打ち立てたのだとか。残念ながら後にミスが見つかって、記録は訂正されたようですが、それでも、すごい記録ですよね。

合わせて共感覚の持ち主でもあるダニエルさんにとって、数字のひとつひとつには、色や感情、動きが伴う個性的な存在であるようです。例えば、「「1」という数字は明るく輝く白で、懐中電灯で目を照らされたような感じ、「5」は雷鳴、あるいは岩に当たってくだける波の音、37はボリッジ(西洋のおかゆのようなもの)のようにぼつぼつしているし、89は舞落ちる雪にみえる」んだそう。こんな風に共感覚の人たちにとっては、文字や数字が(たとえ黒一色で印刷されていたとしても)色を伴ったり、色と音が連動していたり、通常の人にとっては個別に作動する感覚がある刺激(情報)によって、一緒に作動するんですね。

サウンドレゾナンスでは、人の声(音)の色を見ていくので、たまに「共感覚があるんですか?」と聞かれることもあるんですが、残念ながら!?私にはこのような共感覚はありません。ただ、発展のベクトルの上を効率よく進むために、あえて個々の感覚を分断してきた私たちも、ルーツをさぐっていけば、案外共感覚的な感性を普通に持っていたのではないか、なんて思ったりもするのです。

ダニエルさんにとっては、数字の羅列はさまざまな色と形と質感があふれ、ひとつの風景に見えるのだと言います。円周率のような膨大な数の羅列は小さなまとまりに分けて覚えていくそうですが、その小さなまとまりの中にある数字の種類によって、そのまとまりが作り出す風景は違っているのです。もちろん2万数千桁という膨大な数字を覚えるということは、並大抵の努力ではないですが、こんな風に風景になって見えている数字の世界って、一種物語を読むような感じなのかな、と思うと、なんだか楽しそうでちょっぴりうらやましいな、なんて思ったりもします。
ちなみに「数字でできた線があがっていき、それから暗くなり、中央あたりでは起伏が多くなり、それから曲線を描いて下がっていく」というのが、彼に見える小数点以下20桁までの風景なんだそうです。

コンピュータの登場により、円周率の値はそれまでと比べようもないほどに伸びました。1948年に最初のコンピュータ「エニアック」が行った計算では70時間で2037桁まで解かれました。2002年には、1兆2400億桁以上の記録が打ち立てられたのだそうです。

以前「音楽と数学の交差」という本を読んでいて、20世紀には数学界において「ランダムの発見」という重大な発見があったということが書かれていました。例えば、円周率のπは割り切れない数字(無理数)ですが、割り切れる数(素数)の根底にも「ランダム」が潜んでいるということがわかってきたんだそうです。

といわれても、なかなか把握がしずらいんですが・・・(笑)

ピタゴラスは、スピリチュアル界では「数秘学の祖」みたいな言い方をされていますが、彼は無理数の存在を認めていなかったそうです。いや、ピタゴラスの時代にも、2の平方根の存在は知られていて、無理数が「ある」ということは自明のことだったんですが、ピタゴラスはそれを無理矢理「ない」ものとしていたらしい。強引に2の平方根を考えようとした弟子を崖から突き落として「なきもの」にしてしまったという伝説さえあるのだとか。ピタゴラスにとっては、数の世界は神の作った秩序ある美しい世界をかいまみる大切なツールだったんですね。

πの数字の羅列が果たしてランダム(無秩序)なのか、という部分については、また別の議論があるようですが、大型コンピュータの出現によって、私たちが未だ法則性を見いだすことのできていない膨大な数字の世界が出現したことは確かだと思います。ランダムな世界を芸術に取り入れてきたアーチスト達もこれまでにもいましたが、ダニエルさんのような共感覚の人が膨大な数字の世界を音で表現したらどんな音楽が生まれてくるのかな、なんて思ったりもします。現に言葉以外の表現で「数字の世界」を表現しようという試みにも取り組んでいらっしゃるようですが・・・どんな世界が生まれてくるのかなあ、楽しみですね。
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by sound-resonance | 2016-08-30 20:38 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

china gate

先日「classiCOOL」の中で紹介した「チャイナ・ゲート」。
アルバムの中に入っている演奏とは違うんですが、youtubeの方にあったので、アップしてみます。



精緻なピアノのフレーズが美しい。

「ミニマル・ミュージック」の曲をもうひとつ。
アダムスと同じく「ミニマル・ミュージック」の代表的な音楽家の一人、テリー・ライリーさんの曲「A Rainbow in Curved Air」



最小限に抑えられた同じフレーズを繰り返す、という意味では同じですが、こちらはピアノではなくて、シンセサイザーの音で、随分印象が違いますね〜。エレクトリックな感じが加わってチカチカしたイエローな感じが増したような感じ。「涼しい」感じではないですね(笑)でも、レインボーな感じは出てるかな!?
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by sound-resonance | 2016-08-28 21:17 | 音・色あれこれ | Comments(0)

デトロイト美術館とシャッターの音

先日、自動車工業の一大産地デトロイトの自動車工場で産出された石「フォーダイト」について書きましたが、デトロイトは、工業だけでなく芸術でも有名な地のようで、偶然?にもデトロイト美術館からやってきた名画の展覧会が大阪市立美術館で開催中です。

40点程度と作品数は少なめですが、ゴッホ、ルノアール、ドガ、ゴーギャン、ピカソ、モジリアニ、マチス等々、日本でも人気のそうそうたるメンバーの絵画が展示されています。フォードなどの自動車産業で「お金持ち」になってから設立された美術館なのかな、と思ったら、フォードがデトロイトでフォードモーターを設立するよりも前の1885年に創立した美術館みたいです。とはいえ、メキシコの歴史的壁画画家であり、フリーダカーロの夫でもあるディエゴリベラが描いた大規模な中庭の壁画「デトロイトの産業」は、フォード社が製作資金を提供したもの。北側の壁には、フォード社の工場における自動車製造の様子が描かれているのだそうで、フォード社とも関係の深い美術館みたいです。

ちょっと珍しいのが、この展覧会、写真撮影がOKだということ(ただし、7、8月の火、水、木に限る)。草間弥生さんとか、現代美術のアーチストの展覧会では、一部分の作品で撮影OK、SNS等で拡散希望、みたいな展覧会も増えてきましたが、歴史のついた?芸術家の作品を展示した展覧会で撮影がOKというのは、今までにあまりなかった試みだな、と思います。現に撮影可能であることを知らずに来場して、「え!?撮影いいんだ・・・・」みたいにつぶやいていた方もいらっしゃいました。というわけで、館内で撮影してきた写真も織り交ぜながら、展示作品を少し紹介したいと思います。

最初にお出迎えしてくれるのが、ルノアールのピエロの服を来た少年の絵。ちょっとだぼっとした大きめのピエロの服が可愛いですね。

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ドガの絵。右側の踊り子の群れと、左側の空間の大胆な構成に、日本の浮世絵の影響がみられるのだとか。ドガというと、この絵のように踊り子の絵を思い浮かべますが、競馬や競馬場の人々にも関心を持ち、たくさんの絵を残しているのだそうです。

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一時期共同生活もしたことがあるゴーギャンとゴッホの自画像。

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右の絵がゴッホですが、色使いが黄色がちで、いかにもゴッホな感じの自画像ですね・・・(笑)麦わら帽子をかぶって、画家用の青いスモッグを着用しています。ゴッホにとって、色は、対象の色や光を再現するためのものではなく、強烈な色彩と激しい筆触となって、内面感情を表出する手段となっているのだそうです。

ピカソの絵もあります。愛人ドラ・マールを描いたもの。

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ピカソは、時代時代によって、様々なスタイルの絵を描いていますが、いかにも「ピカソ」っぽいこういうキュビズムの絵以外の作品も数点並べて展示されていましたよ。

というわけで、撮影可能日に行ったので、写真を数点撮ってみました。解説やなんかをメモをとらずに写真を撮れるのはとても便利なのですが、シャッター音がいたるところで鳴るのはちょっと気が散るところ。私は美術館に「静けさ」を求めて行く部分もあるので、全面的に写真撮影OKが美術館において主流になっちゃうのも、なんだか残念だな、なんて思うのです。この展覧会のように、写真撮影可能日を限定してもらえると、うれしいな。

→デトロイト美術館展 大阪市立美術館 9月25日まで
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by sound-resonance | 2016-08-26 22:49 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

classiCOOL

毎日暑いですね!夏の始めには、「夏だ!さあ、暑くなるねっ!よっしゃ、来い!」みたいな心の準備があるんですが、お盆を過ぎると、身体の方が先に秋モードに入っていくので、気持ちと外界のバランスがちぐはぐになり、余計に暑さがこたえる気がする今日この頃、いつになくアイスクリームばっかり食べていて、ちょっぴり夏バテ気味でございます。

そんな中、夏になったら聞こうと思ってとっておいたのを思い出したCDがこちら。

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部屋をがんがんに冷やして「涼し〜い!」といっていたバブリーな時代は終わった。スマートにエコに夏を音楽と共に過ごしましょう!ということで、夏を涼しく過ごすための「クールな」音楽が、18曲入っています。
曲名としては、「エステ荘の噴水」とか「水の戯れ」「金色の魚」「四季より冬ー氷ー」「雨だれの前奏曲」等々、水に関係した曲名が多いです。「白鳥」も入っていますが、これも、水の中を泳ぐ白鳥をイメージしたような曲で、やっぱり水がからんでいます。曲名からイメージするのは、ジャケットの色のごとく、まさしく水の色、ブルーです。寒色系の色を取り入れて、涼しくなりましょう、というわかりやすい感じ。

で、音としては、というと、ざっと聞いた感じでは、ピアノの曲が多いです。その他は、フルート、ギターなど。サウンドレゾナンス的には、ピアノとかフルートというと、第4チャクラあたり、色でいうと、グリーンのエリア。グリーンは、イエロー+ブルーの色なので、ブルーの要素も入っていますね。
ギターは、第2チャクラ、オレンジのエリアで、暖色系の色合いですね。夏は夏らしく、むしろ夏にどっぷりひたっていこう!みたいな攻めの姿勢です(笑)。ただ、このアルバムに入っているギター(オレンジ)の曲は、日中の熱さどっぷりの情熱的なギラギラした感じ、暑苦しい感じはなくて、もう少し穏やかな、黄昏時のちょっとけだるさも感じさせるようなおとなしめの選曲がされています。

総じて、金管の重厚な響きは入っていなくて、軽さ、べたつかない軽やかな感じのメロディが選ばれています。

ちょっと面白いな、と思ったのが、11曲目の、J・アダムスの「チャイナ・ゲート」という曲。アダムスというと、ミニマルミュージックの作曲家として有名な方のようですが、最小限に抑えられたフレーズが繰り返されることで、音の幾何学模様が展開する様は、まるで万華鏡の世界を覗き込んでいるような不思議さがあります。最小限の音が繰り返される世界には無駄がなく、ああ、音楽って数学だったな、みたいな美しさがあります。ま、その分無機質で、聞きようによっては、「退屈」な部分もなきにしもあらずなので、アルバムの方では、「気分転換のBGMとして『ちょこっと聴き』してみては?なんていうアドバイスが・・・(笑)ま、無駄がないという意味で、文字通り「クールな」音楽ですね。この選曲は、販売元、さすがナクソスさんだな、という感じです。

昔、このアルバムと同じコンセプトの「涼音クラシック」というCDを紹介したことがあるんですが、そういえば「暖音クラシック」っていうCDは見たことがありません。いや、企画されてたらごめんなさい、なんですが、どちらかというと、太鼓の音(レッド)だったり、ギターの音(オレンジ)だったりっていうのは、クラシックよりも、民族的な音楽のエリアなのかもしれませんね。いわゆるクラシック全般がどちらかというと、思考の音なんだな、みたいな感じがした今回のアルバムなのでした。

classiCOOL ナクソスジャパン株式会社 2011

PS  写真、よく見ると、なんだか手のようなものが写りこんでいて、若干ホラーな感じですが、単なる撮影者  
(透音)の手です・・・・ごめんなさい(笑)
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by sound-resonance | 2016-08-24 19:55 | 音・色あれこれ | Comments(0)

死にゆく星の旋律

南米チリの砂漠にある「アルマ望遠鏡」。史上最大規模の電波望遠鏡で、星や惑星の誕生、宇宙の誕生の歴史、生命の起源の謎を解き明かそうと、巨大なパラボラアンテナが何台も空に向かって設置され、空からの電波を受け止めています。このプロジェクトには、世界の21の国と地域がかかわっているのだそうです。

砂漠好きの私としては、66台もの巨大パラボラアンテナが、チリの砂漠で宇宙に向かって手を差し伸べている光景というのは、想像するだけでわくわくします。申し込みさえすれば、個人でも見学が可能みたいだし、いつかは行ってみたいなあ。

ま、それはさておき、そんなアルマ展望鏡がとらえた電波のひとつ、「ちょうこくしつ座R星」という星から送られてきた電波データをもとに製作されたのが、「ALMA MUSIC BOX」という作品。これは、電波データをオルゴール変換して、70個の周波数から70枚のオルゴール盤を作ったものなのだそうで、ここから70種類の星が奏でる音楽が生まれました。

「ちょうこくしつ座R星」は、はるか950光年先で、もうすぐ寿命を迎えようとしている星なんだそうです。星は、寿命が近くなると、どんどん温度が下がってきて、赤くなっていきます。どんどん比重も軽くなって、(太陽の8倍程度の「軽い」星であれば)そのうちに拡散して消えていくんだそう。
人間も、産道を通って、「赤ん坊」として生まれてきて、成熟し、老後は、どんどん赤ん坊返りをしていくような気がします。というのか、一度得た知識や社会的地位、お金、その他もろもろを手放して、もう一度何も持たずにやってきた赤ん坊のような状態ですっと消えていくのが一番幸せなのかな、と思ってみたり。
エジプトでも、冥界に行った人間の心臓はアヌビスが見つめる天秤にかけられ、片方に乗せられている羽と釣り合いのとれた心臓(魂)だけが楽園に行けたのだといいます。最後まで続くなんやかんやのこの世のしがらみや、いつ死ぬのかわからないが故のお金への執着や、いろいろ軽くなれない要素があって、実際に「羽より軽い」魂を目指すのはなかなか難しそうですが、私もはるか950光年先で死にゆく星のように、身軽になって死んでいきたいな、なんて思ったり・・・

話が若干逸れましたが、「ちょうこくしつ座R星」が死にゆく前に伝えてきてくれた最後(?)のメロディだと思うと、なんだかロマンチックで切ない感じがしますね。

そんな「死にゆく星のメロディ」を元に国内外のアーチストが制作したコラボアルバムが、「MUSIC FOR A DYING STAR」。11人のアーチストが、死にゆく星のために音楽を捧げています。

先日金沢に行った際に寄った21世紀美術館のライブラリーで、アルバムを視聴させていただくことができたんですが、11人それぞれが自由に「死にゆく星のメロディ」とコラボしていて、11通りのバリエーションがくっきりしていて、とても興味深かったです。中にはメロディだけ取って、自分がイメージする星の調に転調しました、みたいなものもあって、「転調するとは大胆な・・・」と思った曲もありましたが、そういうのもアーチストさんの感性ですもんね。

毎日暑くて、ちょっとうんざりしちゃいますが、壮大なスケールの星からのメロディを聞いていると、自分の部屋のスペースを超えて気持ちだけでも壮大な涼やかな気持ちになれますよ。サンプルもあるので、よろしければ聞いてみてくださいね。

→ALMA MUSIC BOX
→MUSIC FOR A DYING STAR
→アルマ天文台

台風9号が北上しているようです。関東方面のみなさま、どうぞお気をつけくださいね。
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by sound-resonance | 2016-08-22 22:22 | 音・色あれこれ | Comments(0)

フォーダイト

私のお年頃の頃には、男子は自動車を持っているのが一種のステータスで、ボーイはガールを車でお迎えに行くのが憧れでせっせとお金を貯め、ガールは、ボーイに車でお迎えに来てもらい、送ってもらうことで、自分が大事にされていることを感じる、みたいな、微笑ましいような、めんどくさいような時代がございました。が、今の若い人は車には執着がないようで、車離れがどんどん進んでいるようですね。小さいお子さんがいるご家庭は車があると便利でしょうが、そういった車と、「女子を隣に乗せる車」は全然違うよな、なんて思ったりもします。

それはさておき。今日は車にまつわる色のお話を少し。

私は、石が好きで、今ほど「天然石」や「パワーストーン」のお店が日本になかった頃から、海外に行くとお土産に石や石のついたアクセサリーを買ってきたりして、コレクションとまではいかないものの、なんとなくいつも石に囲まれているような生活をしていたりするのですが、「車」にまつわる石っていうのがあったりなんかするのを割と最近知りました。

その名は「フォーダイト」。
別名、モーターアゲートとも言うそうです。

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なんだか、不思議な縞模様。実は、これ、いわゆる「天然石」ではなくて、人工的に作られたもの。というか、作ろうとして作ったものではなくて、副産物的にできたもの。
「フォーダイト」というのは、アメリカの自動車メーカー「フォード(Ford)」と、「デトロイト(Detroit)」、瑪瑙(めのう)を意味する「アゲート(agate)」をつなぎあわせてつくられた造語なんだそうです。「フォード」社は、デトロイト市で、車の製造を開始し、デトロイトは一大自動車産業都市として発展しました。自動車は、その昔、手作業で塗料を吹き付けていたのだそうで、その時に飛び散った塗料が工場のあちこちにたまっていきました。塗料は、高温処理で固められ、車に定着させましたが、同時に、周辺に飛び散った塗料も、固められ、層になっていきました。ある時、層があまりにも分厚くなって、作業の邪魔になったので、撤去することになりましたが、撤去した層を研磨してみたところ、模様が美しいということで、人工鉱物「フォーダイト」として、販売されるようになったのだとか。

工場のあちこちに飛び散った塗料の固まりを研磨してみようという最初の発想をした人のセンスってすごいな、と思ったりしますが、それは、「天然石」も同じで、どんな研磨師さんと出会うかによって、石が個性を引き出されて一層輝きだすか、平々凡々の石で終わっちゃうかが決まっちゃったりするんだろうなあ。

ま、それはさておき、「フォーダイト」って、「フォード」っていう会社名がついているだけに、「フォード社の工場でできた副産物」なのかと思ったら、どうやらそうでもないみたいです。ウィキペディア等からの推測でしかありませんが、フォードといえば、製造過程の作業効率かを徹底的に進め、当初お金持ちの趣味、道楽でしかなかった自動車を、大量生産によって価格を下げ、大衆にまで普及させた人(会社)。自動車産業の発展の原点とも言われる「T型フォード」は1908年の製造開始から1927年の製造停止まで、実に20年近く製造され続けたロングセラーでしたが、大量生産体制が整ってからのT型フォードの車体の色は黒一色のみだったそうです。黒はペンキが早く乾くからっていうのが現実的な理由だったみたいですが、フォードさんは、「黒で販売すれば、買った人が後から何色にでも塗れる」みたいなコメントも残しているのだとか。

T型フォードの登場によって、自動車は大衆のものになりましたが、創業者のフォードがT型フォードにこだわっている間に競合社が現れ、車は頻繁にモデルチェンジするようになり、その辺りから車体の色のバリエーションもどんどん増えていったようです。一生ものの車から、「着替える」感覚に移っていったんですね。大衆の目は、カラフルで、常に変化する他の会社の自動車に移り、フォードの車は売れなくなってきます。そこで、1927年に、ついに「T型フォード」は姿を消し、フォード社は新たな市場開拓へと乗り出すのです。

新たな市場開拓に乗り出してからのフォードの車はどんどんカラフルになっていったのだと思うので、もちろん「フォードの工場から産出された『フォーダイト』」っていうのもあるんだとは思いますが、フォーダイトってどちらかというと、「自動車産業の一大地、デトロイトの工場で産出された石」くらいにとらえておく方がいいみたいです。フォード好きな方が、「これが、フォードの工場の歴史の産物か・・・」みたいな感覚で、フォーダイトを購入すると、ホントはGMの工場からの産物だったりして悲しい結果になりそう・・・(笑)
とはいえ、アメリカにおける自動車の車体の色の歴史が、フォーダイトからかいま見ることができるというのは確かで、そういった意味では自動車好きの方に人気というのもうなづけますね。ついついカラフルなものの方に目がいっちゃいますが、黒とか茶色とか地味めの色のフォーダイトの方が年代ものとして、希少価値が高いのだとか。「色の層が綺麗」っていうフォーダイトの趣旨から大幅に外れていくような気もしますが、もし、黒一色のフォーダイトっていうのがあるとすれば、それはそれで自動車産業の幕開けを証言する石として、さらに希少価値が高いかも・・・(笑)

今は、車体への塗装は静電気の力で塗料を吸着させる方法に変わっていて、塗料が工場に飛び散って体積するという現象は起きないようです。もう産出されない、というのもフォーダイトの魅力かもしれませんが、悪知恵を働かせて、「模造」するのは比較的容易っぽい・・(笑)ま、その辺りは天然石も同じですが、安易に飛びつくことなく、その石にまつわるストーリーそのものも含めて納得した上で手に入れたいものですね。

→いろんなフォーダイトが載っています
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by sound-resonance | 2016-08-20 20:20 | 音・色あれこれ | Comments(0)

水瓶座の満月

先日、二十日大根の二度目の種まきをしたんですが、2日後には、もう双葉が出てきてびっくり。一度目、6月に種まきした時は、芽が出てくるまでに、4日くらいかかっていたのに、早っ! ま、それだけ気温が高いってことですね〜、このペースだったら、名前のごとく、20日くらいで収穫できるかも。

さてそれはさておき。
今日は満月です。18時27分ごろ水瓶座の位置で満月を迎えます。
水瓶座というと、12星座の11番目の星座。誕生(牡羊座)から、個人としての五感の発達(牡牛座)、自己表現を経て(獅子座)、外側の世界と関係していく過程で、かかわるのが、個人というよりは、集団になってくる段階。団体で、未来を築いていこう、見つめていこう、みたいな志向になっていくので、なかなかイメージしづらいというのか、表現しづらい部分もある星座だったりもします。美少年ガニメーデスが注ぐ水瓶から流れる水は、常に変化する新しい状況を表すとともに、知識や創造力をも象徴しています。

今回の満月は、水瓶座の26度で起きるので、サビアンシンボルとしては「水圧計」になります。
こう・・・これも、なんだか説明しづらいですが、大きな流れ、自然の流れに逆らうことなく一体になることを志向して、流れや変化の細かい部分まで見逃さずにチェックしておく、万全の体制を取っておくみたいな、そんな感じの意味合いを持っているシンボル。細かくチェックするといっても、枝葉末節にこだわるというよりは、一体となるために、細かい変化を見逃さない、というニュアンス。
その反対にある太陽は、獅子座の26度で、サビアンシンボルは「虹」。
オーラソーマの創始者、ヴィッキーウォールさんの太陽がこの度数にあったそうで、オーラソーマをやっている方であれば、サビアンシンボルのシンクロ性、なかなかすごいんじゃない?と思ってもらえるのではないでしょうか(笑)
ま、それはさておき、「虹」ですが、生まれてくる時に、神様と約束したこと、神との契約、みたいなキーワードがあります。獅子座の自己表現が、精神性に落とし込まれていく段階で、自分に与えられている役割や使命を思い出していくような感じです。
ついでに、木星も、乙女座の26度の位置にありまして、サビアンシンボルは「香炉を持つ少年」です。まだ、子どもでありながら、儀式に参加し、香炉を持つという役割を担っているんですね。

なんとなくですが、こう・・・まだやり慣れたことをこなすようなスムーズ感はなくても、周囲の状況に注意深く目を向けていれば、改めて、自分が今やっていること、取り組み始めていることの中に、自分の使命や役割についての気づきやヒントが隠されていることを発見するような、そんな一日になるのかもしれません。もしも、新しく始めたこと、不可抗力的に始まってしまったことの中にそれらを発見したら、すぐにやめてしまわないで、しばらく様子をみながら、続けてみるのもいいかもしれません。
なんにせよ、あんまり自分のことばかりに目を向けるのではなく、大きな視点を持つといい日のようですよ。
より周囲の状況に敏感になるために、瞑想などしてみてもいいかもしれませんね。

お盆も過ぎ、8月も後半。夏を惜しむほど、暑さとは仲良くなれていませんが(笑)、何かしらの区切りになりそうな、8月の満月でございます。
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by sound-resonance | 2016-08-18 06:33 | 星読み | Comments(0)

ピアズリーの黒

金沢の続きです。
鈴木大拙館のある周辺には、美術館など文化施設がたくさんあるのですが、その中のひとつ、石川県立美術館で「ピアズリーと日本」展をやっていたので、ついでに見てきました。この企画展、近畿圏(滋賀県立近代美術館)にも巡回してきていたようですが、その時は気づかず見逃していました。私が行った日は、たまたま企画にも携わった一橋大学の河村錠一郎教授の講演もあったので、聞いて帰りましたが、こういう偶然の流れも旅の醍醐味ですね。
 それはさておき、ピアズリーといえば「サロメ」、オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」の挿絵があまりにも有名ですね。戯曲の内容は知らなくても、ピアズリーの絵だけ知っているという方も多いかもしれません。

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後世、彼の作品の影響を受けた人は世界中にたくさんいて、例えば日本の漫画家さんだと、山岸凉子さん(日出処天子)とか魔夜峰央さん(パタリロ)の絵を見ると、ああ、なんだかピアズリーぽいなあなんて感じてしまうんですが、ご本人達もピアズリーからの影響を公言されているのだそうです。

そんな風に日本人の作家にも多大な影響を与えているピアズリーですが、彼自身も当時の日本の影響を強く受けているということが、早くから指摘されていたものの、「ピアズリーと日本」の関係性に焦点を当てた展覧会というのは、今回が初めてなんだそうです。

ピアズリーは、1872年8月21日、イギリスに生まれました。ちょうどこの頃というと、西洋ではフランスを中心にジャポニズム(日本趣味)のブームが起きていたころ。イギリスでも、1862年のロンドン博以来、日本や日本的なものに対する関心が高まっていたようです。1877年に、画家のホイッスラーは、ある富豪の邸宅の一室に東洋風の室内装飾をほどこした「孔雀の間」を完成させました。青緑色の壁と鎧戸を金色の孔雀と青海波状のパターンが飾るこの部屋を、ピアズリーは18歳の時に見学しているのだそうです。
また、1893年に大叔母の遺産分与により「ジャポニズムの本場(?)」パリに遊学、帰国後には春画浮世絵集「愛の書」を知人から贈られ、部屋に飾って母や姉を困惑させていたのだとか。
ピアズリーは、複数の様式を使い分ける器用さを持った人だったようなので、彼の作品から日本からの影響のみを読み取ることは短絡的ですが、当時の西洋のこのような熱狂的なジャポニズムの雰囲気の中で、彼が日本的な要素を自らの作品に取り入れていたことは確かなようです。

さて、1893年、ピアズリーがパリに遊学した年に、美術雑誌「ステューディオ」が創刊されますが、そこにピアズリーが描いた1枚の「サロメ」の絵が掲載されます。彼はフランス語が堪能であり、当初英語に先駆けてフランス語で出版されていたオスカー・ワイルドの「サロメ」をいち早く読んでいたんですね。

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この絵がきっかけとなり、英語版の「サロメ」の挿絵画家に抜擢され、あの有名な「サロメ」が誕生したのです。

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今となっては、ワイルドのサロメにはピアズリーの挿絵以外考えられませんが、意外にもワイルド自身はピアズリーの挿し絵を「ビザンチン的でなく、あまりにも日本的だ」と言って否定的にとらえていたのだそうです。挿し絵の中には、知る人が見れば一目でワイルドとわかるワイルドを茶化すような絵も入っていたなど、彼が否定的だった理由は他にもあるようですが、言われてみれば、サロメのまとう衣装のすその孔雀模様や孔雀の冠、日本の和服を彷彿とさせる黒いケープ、青海波を思わせる背景の模様など、随所に日本的な要素がみられます。とはいっても、例えば、孔雀って日本原産ではなく、中国などアジア圏に分布する鳥なので、広くオリエンタルなものを含めて「ジャポニズム」的な要素といった方がいいのかもしれませんが。
「サロメ」の挿し絵には否定的だったワイルドですが、ピアズリーの才能自体は認めていたのだそうで、ワイルドが男色の罪に問われて逮捕されたことで、関係性が徹底的に破たんすることがなければ、もしかすると「サロメ」以外の合作も見られたのかもしれませんね。

発禁にならないようにギリギリに調整されているとはいえ、ピアズリーの「サロメ」は妖しいエロスを漂わせています。それが「猥褻」にならず、妖艶な美に昇華されているのは、彼自身が結核という病を患い、死と隣り合わせにいたからかもしれません。
ピアズリーの絵はラインブロックという方法で印刷されていて、これは白と黒がはっきりした絵を印刷するのに適した方法なのだそうで、当時の印刷、出版の技法とピアズリーの絵がマッチしたという部分もあるのでしょうが、一見マネしやすいようにみえつつ、あの黒と白の絶妙なバランスというのは、やはりピアズリーならではで、誰にもマネのできない独自性をもっています。彼のあの繊細な黒の線は、死が隣り合わせに意識された生と死、エロスとタナトスの境界線だったのかもしれません。
「サロメ」以降、「イエローブック」、「サヴォイ」など、新しい美術誌の発刊に携わり、新たな技法にもチャレンジしますが、彼は25歳という若さで人生の幕を閉じるのです。

展覧会の方は、日本から影響を受けたピアズリーの絵が日本に上陸し、日本の絵画(文化)に影響を与えていくところについても触れられていますよ。興味のある方は金沢に足を運んでみてくださいね。

ピアズリーと日本    石川県立美術館 8月28日まで
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by sound-resonance | 2016-08-16 20:07 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

鈴木大拙館

先日戸隠神社に行ったお話を書きましたが、長野に行ったついでに金沢にも寄ってきました。長野と金沢(石川県)ってついでに行くような距離ではないんですが(笑)、新幹線が開通したので、便利になったんですね〜。ということで、以前から注目していた「鈴木大拙館」に行ってきました。

鈴木大拙さんというと、海外に「禅」を紹介した人。金沢市本多町で誕生されたということで、その地に記念館が建っています。あれこれ資料をとりそろえて、鈴木大拙について知ってもらおう、というよりは、「鈴木大拙館」として提供される空間そのもので、「禅」なるものを表現しよう、体験してもらおう、そんなコンセプトが感じられる建物です。

館内は、主に、「展示空間」「学習空間」「思索空間」の3つの空間に分かれています。「展示空間」と「学習空間」は撮影が禁止されていますが、それ以外の空間は、撮影が可能です。

この館の特徴は、「思索空間」に凝縮されているような感じがします。白と黒のシンプルな空間の周りは水が囲んでいます。

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ここは、季節によって全く印象が違うでしょうね・・・私の行った日は、とても天気のよい夏日で、午前中の太陽の光が水に反射してきらきらゆらゆらと、館の白い壁に映っていて、とても綺麗でした。館を取り囲む壁にも、周辺に植えられた樹々の影がくっきり写っていてそのコントラストがとても綺麗。

屋根にも、光=水のゆらめきが。館が白と黒というシンプルな色使いだけに、光の繊細な色彩が際立っています。

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多分雨の日には、空から降り注ぐ雨が、周囲の水に落ちる様、音が全く違った印象を届けてくれるのだと思います。冬の金沢は雪の日も多いだろうから、雪の日も違った表情があるんだろうなあ。

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で、どこが「禅」なのか、なんですが・・・(笑)それを感じる人にゆだねているのが、まさしく「禅」というところなんでしょうか。私たちの目に見えている、あると当たり前のように感じているありとあらゆる形の一切合切が、ゆらぎそのもの、うつろいそのものなのだ、ということを私は感じたりしたんですが、それも「禅」の一解釈にしか過ぎません。

それにしても、館の館長さんなのか、スタッフの方なのか、定かではありませんが、隣にある名勝「松風閣庭園」について等々金沢の情報について教えてくださるのはありがたいんですが、滞在した2〜3時間の間に3度も、初めて声をかけるかのように話かけられたのには少々驚きました。私、そんなに印象薄いかしら・・・(笑)2度目までは、はいはいと大人しく初めて聞く情報のように伺っていましたが、3度目にはさすがに「・・・先ほど伺いました・・・」と言ってしまいました・・・・ま、それも、諸行無常の館、ならでは、なのかもしれませんが・・・・(笑)
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by sound-resonance | 2016-08-14 22:05 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

緑の戸隠神社

昨日の「山の日」みなさま、いかがお過ごしだったでしょうか。祝日が一日でも増えるのは歓迎、な感じもありつつ、なんで、8月なんだろ?という感じも否めないこの祝日。企業におつとめの方にとっては、お盆の夏休みが大型になるというメリットがあるのかもしれませんが、元々夏休みの子ども達にとっては、うれしくもない夏休み中の祝日。いや、夏休みに祝日が重なると、お父さんに遠出に連れていってもらえる可能性が高くなるのか、なるほど。でも、個人的には、唯一祝日のない月になってしまった6月が不憫でなりません。ここは、平等に?国民の祝日「雨の日」でも作っていただきたいところです(笑)

それはさておき、2年前くらいだったか、お正月に戸隠神社にお参りしたことがありました。突然決まった話で、何の前知識もないまま長野に行ってしまったんですが、すごい雪で、かろうじて中社にはお参りできたものの、奥社には行けずに帰ってきました。関西生まれ、関西育ち、いやはや完全に雪をなめてかかってましたね〜。それから、なんとなくぼんやりと戸隠神社のことが頭にありつつ、なかなか再訪のチャンスがなかったんですが、この夏になって、いやはや、呼ばれてしまいました・・・・(笑)なんだか突然戸隠に何が何でも行かねば!という気分になり・・・・行って参りました。

戸隠神社は、宝光社、火之御子社、中社、奥社、九頭龍社の5社からなる神社で、5社を回ると、運気が上がるという言い伝えがあるのだとか。参拝順としては、宝光社→火之御子社→中社→奥社・九頭龍社の順にお参りするのがお作法みたいですが、とりあえず、一番遠いところから行っとこう、みたいな感じで、今回は、迷わず朝一に奥社へ。
長野駅から、バスに乗ること、1時間くらい。奥社前でバスを降りると、第一の鳥居がみえてきます。
ここからは、車は通行できず、徒歩で神社に向かうことになります。

最初行った時は、鳥居に雪が積もっていて、どこが参道なのかわからないくらい一面真っ白だったのに、
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今回は濃い緑に包まれている鳥居。参道もちゃんと見えています(笑)
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穏やかな平坦な道が続いています。
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だいたい15分くらい歩いていると、赤い門(随神門)が見えてきます。この門をくぐると明らかになんだか空気が違います。不思議なものですね。

道の両端に続く杉並木。
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江戸時代(1612年頃)に植樹されたものなんだそうですが、樹齢400年以上の杉並木は、ここを歩いているだけで、神聖な気をもらっているような気持ちになります。

途中、石のオブジェ発見。小鳥に見える。人って、小石を見るとなんで、積みたくなっちゃうんでしょうね〜(笑)
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神社が近くなるにつれて、勾配もきつくなってきて、なかなかしんどいんですが、そこはもうひとふんばり。念願の奥社に到着。無事にお参りをすることができました。ここまで、だいたい2キロ、時間にすると、30〜40分くらいの道のりです。
奥社には天照大神が、天岩戸にお隠れになった時に無双の神力で岩戸を開いたという「天手力雄命(あまのたぢからおのみこと)」、九頭龍神社には戸隠の地主神である「九頭龍大神」がお祀りされています。九頭龍神社は、雨乞いの神である他、虫歯(なんで虫歯?)、縁結びの神様だということで、特に力をこめてお祈りしてきましたよ(笑)
お参りを断念した真っ白な冬は、雪が少々恨めしかったですが、逆に雪に降り込められている時間があるから、夏の緑がこんなに生き生きと輝いているのかな、と思ってみたり。戸隠神社も、「パワースポット」として人気みたいですが、パワースポットととして人が押し掛けすぎて、エネルギー枯れしちゃった場所を何カ所か知っているだけに、人の入れない時間、サイクルがあるのもいいもんだな、と思ったりもしたんでした。

中社には以前お参りしているし、今回は奥社に行けただけで十分!なんて思っていましたが、随神門辺りから、散策ルートができていて、周辺の鏡池経由で中社に至るルートなど、車が通る県道とは別の徒歩で楽しめるルートがたくさんあります。私は奥社から中社まではバスを利用して、中社〜宝光社〜火之御子社を徒歩で回りましたが、ゆっくり歩けば、5社とも徒歩で回るのは十分可能だと思います。特に宝光社にお祀りされている天表春命(あめのうわはるのみこと)は、その昔、奥社に合祀された時に、「奥社は女人禁制だし、冬になると行けない場所だから、人が来やすい里山に祀ってもらえまいか」みたいなお告げがあって、今の場所にお祀りすることになったという優しい!?神様なので、特に女性はお参りされると良いかと思います。家内安全、技芸裁縫、安産等のご利益があるそうですよ。あ、奥社は今は、男女フリーでお参りできますので、どうぞ、ご安心を。

戸隠神社
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by sound-resonance | 2016-08-12 18:30 | 音・色あれこれ | Comments(0)