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死なない命

先日金沢の21世紀美術館で開催されている「文明の終わり展」について書きましたが、どちらかというとお目当ては同じ館で開催されている「死なない命」展の方でした。遺伝子工学や人工知能の発達によって、これまでの生命観、生命倫理がゆらぎ始めている現代、これまでの「死を迎えると命は終わりを迎える」という生命観に対して「死なない命」のあり方を考えてみるというのが展覧会のテーマ。うーん、難しい・・・

展示されていた作品の中で一番印象に残ったのは、やくしまるえつこさんの「私は人類」という作品。

なんでも、シネココッカスという微生物の塩基配列を元に楽曲を作り、それをDNA変換して再度その微生物に組み込んだという作品・・・・うーむ、難しくて、これ以上の説明を詳しく書けない・・・(笑)会場には、「私は人類」という楽曲と、その楽曲のデータが組み込まれ、培養中の微生物が展示されております・・・
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                        (写真は美術館HPより引用させていただいています)





微生物の塩基配列を元に作った楽曲の割には、聞きやすい音楽というのか、メロディアスなのが意外な感じでした。

これって、どこまで「元に」してあるんだろう・・・例えば、塩基配列から一部の音の連なりを引き出して、そこからイメージを膨らませて、今生きている人間にとっても音楽、文字通り楽しい音に聞こえるレベルまで加工してあるんだろうか・・・どうも塩基配列そのものだけというわけでもなさそうだな、いや、ホントにそうなんだろうか!?という辺りの加減が興味深いというか謎な感じです。
さらにそこに歌詞が入ってボーカルが入っているので、キッチュな感じの仕上がりになっております。この声ってやくしまるさんの声だと思うんですが、思わず微生物の声、微生物自身が歌っているような錯覚を覚えます・・・(笑)

そして、この楽曲を組み込まれた微生物シネココッカスさん達は展示中も元気よく!?増殖中。設定としては、人類が滅亡した後も、この微生物は生き残り、宇宙人だか誰だかわかりませんが、この微生物のDNAの中に組み込まれたすでに滅んでしまった「人類」の歌を発見することが想定されているのです。

やくしまるさんは、自分が作った楽曲がそのまま残って、それが自分が作ったとおりに「解釈」されることを必ずしも望んでいるわけではなく、例えば微生物の突然変異で楽曲そのものが変わってしまうこと、あるいは、微生物中の楽曲を発見した何者かが、その者のルール、解釈を使って曲を読み解く時に起きる変化の方にむしろ興味があるようです。人間が音階というルールを使って音楽を表現しているのとは全然別のルールを採用している何者かが存在する可能性は十分あり得ますもんね。

近代の芸術家が個人の情動や欲望等を表現してきたとすれば、それとは逆に個性を消していく感じというのか、個人が「薄い」からこそ、逆にどんどん拡散していく感じというのか、従前のスタイルとは全く異なるスタイルが新しい。これまでのアート作品が、基本的には「完成形」をいかに維持したまま保存するかがテーマだったのに、この作品は、現在進行形でどんどん増殖しているわけで、「保存」ってどうするんだろう、しかも、微生物って「生もの」じゃん!みたいな、自分の中での落としどころが見つからない衝撃的な新鮮さがあったわけです。

やくしまるえつこの作った楽曲は、DNAという乗り物に乗って、彼女が死んだ後、いや人類そのものが滅亡した後にも、未来へと記録され続けます。DNAを新しい記録媒体ととらえる・・・なんだか怖いような気もしますが、そもそもDNAってそんなものかもしれないな、と思ってみたり・・・そこに人為的に記録を「組み込む」ことには個人的、生理的にはまだまだ抵抗がありますが、もはや、実用レベルでも遭遇している時代なんですよね・・・

というわけで、なかなかに衝撃的な作品だったんですが、金沢はあくまでも「経由地」で、今回の目的地は別にありました。という辺りでつづく。



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by sound-resonance | 2017-08-29 22:07 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

文明の終わり

金沢の21世紀美術館で開催されている「文明の終わり展」を見てきました。

この美術館は、ここを目指して行くということは実はあまりないんですが、どこかに行く時に金沢を経由する時などついでがあると途中下車して、必ずといっていいほど立ち寄ってしまう美術館です。
金沢自体はそれほど好きというわけでもなくて、兼六園とか近江町市場とか香林坊とかいわゆる観光地には行ったかもしれないけど、もはや記憶は遠い彼方、なんですが、21世紀美術館には定期的に訪れているような気がします。2004年のオープン当時からユニークな建物を含め話題になりましたが、今や観光地といってもいいほどの人気施設になっちゃいましたね。

この日も、平日の夕方だというのに、チケット売り場に行列が・・・・うーむ、この文章、つい最近も書いたような気がするけれど(笑)、アートって最近そんなに人気なの!?
うぐっとなりながらも、今回は大人しく列に並びました。この日の金沢は午前中大雨だったというから、雨のやんだタイミングに客足が集中しちゃったのかもしれませんね。でも、列に並んでいるお客さんにスタッフの方が、何人か、とかどの展覧会のチケットが必要かを前もって聞きにきて、紙に書いて売り場の人に渡していたので、こんなシステムがあるところをみると(まるで、レストランみたいですね)恒常的に混み合っているのかもしれません。

この美術館は有料ゾーンの他に無料ゾーンが充実しているのが特徴なんですが、有料ゾーンの展覧会をすべて見れるチケットを買って、「文明の終わり展」も鑑賞。

中はこんな感じ。
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カラフルな照明器具?がたくさん展示されています。

とっても綺麗、なんですが、こんな作品も。
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これ、みんな海岸に落ちているゴミを拾って作られた作品なんです。さっきのは、洗剤やなんかのプラスチック容器でしょうか。

割れたプラスチックのかけらを集めて作った作品。
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いろんなものがつり下がっています。ひもも、海岸で拾ってきたもの。
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作者はヨーガン・レール。

ん?ヨーガン・レールって、服屋さんじゃなかったっけ?美術家だった??と一瞬とまどったんですが、テキスタイル&ファッションデザイナーのヨーガン・レールさんは沖縄に家を持っていて、海岸を散歩する度に目につくゴミについてみんなに知ってほしいということで、作品を作り始めたのだそうです。

ゴミを拾ってきてただ並べるだけでは誰も見てくれないだろうから、と、アート作品にしたんだとか。これが僕の最後の仕事となるだろう、とメッセージにありましたが、彼は残念ながら2014年に事故で亡くなられたようなので、本当に最後の仕事だったみたいです。

海辺で拾って、綺麗に洗って乾かして、配色や形を考えながら組み合わせていく。この美しさはさすが、デザイナーさんだなあ、しかも、これ、十分インテリアにも使えそう、という感じがしますが、彼の伝えたいことは、自分の作品の美しさそのものではなくて、あくまでも、美しい自然を損ない続けてきた人間のエゴについてなのです。

どこか、もの悲しさも感じさせる照明器具の空間。同じくヨーガンレールさんが集めたというラタンプールという村で採れるメノウの力強さとは対照的です。
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「貴重な石の村」という意味だというインドのラタンプールのメノウは本当にキュートで、石好きの私は思わずラタンプールに行きたい!いつ行こう!?なんて思ってしまいましたが、開発によって今はもう採り尽くされて、砂利しか残っていないのだとか。残念・・・

ヨーガンレール 文明の終わり 11月5日(日)まで



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by sound-resonance | 2017-08-28 07:43 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

雷龍の国

先日、国民総幸福で知られるブータン展を見に行った話を書きましたが、ブータンの国旗って、真ん中にどどんと描かれているとても複雑なものです。小学生が学校で国旗を描きましょう、みたいな授業をやったらさぞかし大変だろうな、とも思うんですが、なかなか目を引くかっこいい国旗ですよね。
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国旗の上の部分の黄色は君主政治を、下のオレンジ色は仏教を象徴しているのだそうです。ちらしに使われていたオレンジと黄色は、国旗からの連想だったのかも。なるほど。龍の白は純粋さと清浄心の象徴なのだそうです。

では、なぜ龍なのかというと、昔からブータンがチベット語で「龍の国」と呼ばれていたことに由来するのだそうです。ブータンの人は自分の国のことを「ドウルック・ユル(雷龍の国)」と呼んでいるのだとか。国内の標高差が激しく、ヒマラヤ山系に属す地形的特徴を持つブータンは、雷の多い国だと言います。雨が降る前触れとして訪れる雷、空から下りてくる光の筋とお隣の中国から伝わった「龍」のイメージが重なって「雷龍」のイメージが生まれたのかもしれません。

それにしても。ひとつひとつに直接の関係はないんですが、ここ最近どうもよく「龍」というキーワードに遭遇します。なんなのかな・・・・???
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by sound-resonance | 2017-08-25 20:53 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

幸せの国

先日「怖い絵展」のことを2回続けて書きました。行った時、チケット売り場に長蛇の列ができていたので、並ぶ気になれず、同じ館で開催されていた「ブータン展」を見たという話を書きましたが、今日はその「ブータン展」について少し書こうと思います。

ブータンというと、2011年に現国王がご結婚され、訪日された時にも話題になりましたが、「国民総幸福」という概念で有名ですね。「国民総生産」ではなく、「国民総幸福」。無理な発展、開発を推進せず、自然に寄り添いながら、国民の幸せを追求していきましょう、そんな概念でしょうか。2005年の国勢調査では、国民の実に97%が「幸せ」と答えたんだそうです。すごい。97%、そうそう出る数字じゃございません。逆に残りの3%の方の心境が気になりますが、一体何があったんだろう・・・(笑)

国民の幸せ度を象徴するかのように、ちらしには、黄色、オレンジを基調に、タイトル文字にピンクが使用されています。黄色、オレンジ色って、チャクラでいうと、胃腸のあたりの色ですが、お腹が満たされている感じ、そこから満ち足りた感じ、満足を想像させる色ですね。今回の展覧会は、そんなブータンと日本の外交関係樹立30周年を記念したものなんだそうです。30年、なんだか意外な感じがしますが、ブータンは長い間鎖国制度をとっており、外交に乗り出したのはここ数十年のことみたいですね。

政治の方も、長い間絶対君主制で、立憲君主制に移行したのは2008年のことなのだそうです。インターネットの解禁も2000年からで、それまでは個人の利用は禁じられていたのだとか。こんなことを聞くと、自由経済、ばりばり資本主義の国で生活していると少々不便さ、窮屈さを感じてしまいそうな感じもしますが、制約の中の自由、バリエーションの豊かさ、楽しさ、みたいなことを感じたりもしたのでした。

例えば、ブータンの民俗衣装。男性は「ゴ」、女性は「キラ」というのだそうですが、伝統文化、産業を守るため、職場や学校など公の場では、着用が義務づけられているんだそうです。服装まで決められちゃってるというのは、一見窮屈だな、という感じもあるんですが、ここで、普段から和服を愛用している友人の言葉を思い出しました。彼女曰く、着物は何を身につけたらいいか、その枠がきっちりしているから楽なのだ、と。洋装は、例えば、帽子をかぶるのかかぶらないのか、スカートにするのかパンツにするのか、はたまたワンピースにするのか、靴はハイヒール、ローファーどっち?みたいな「枠」のバリエーションが無限大にあって、決めきれないと。

なるほどなあ。枠があるからこそ、その中で存分に遊べる、自由になれる、みたいなことはあるのかもしれませんね。
会場には、キラに使用される各地方の織物がたくさん展示してありましたが、どれもカラフルでとても綺麗です。
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伝統的な柄、昔から変わらない柄の他に、織り手によって新しい柄がどんどん創作されているんだそうです。女性の民俗衣装であるキラは、長い布を身体に巻き付けるもので、ちょっとインドのサリーにも似た感じですが、長さ、幅、着用方法などが統一の中で、どんな柄と柄を組み合わせるのか、みたいなところがおしゃれさんの腕の見せ所なのかもしれませんね。
民俗衣装をまとった、国王と王妃様。美男美女ですね〜
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ちなみに、国王のかけている袈裟?の黄色は国王にしか許されない色なのだとか。この辺りは、お隣の国中国の影響も感じますね。ちなみに庶民は白い袈裟を身につけるのだそうです。その他、袖の折り返しは、国王は庶民より深めに、袈裟に隠れていて見えませんが、「ゴ」の丈も、国王のみが膝下の丈を許されるのだそう。そういった身分の区別には厳格なようですね。
展覧会の出口付近に、「幸せとは今の自分に満足することなのです」みたいなメッセージボードがありました。足るを知る、うーむ・・・。

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それにしても、「怖い絵展」と「しあわせの国展」、どんな組み合わせやねん・・・(笑)


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by sound-resonance | 2017-08-23 20:52 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

獅子座の新月

台風通過以降、大阪でも涼しい日が続いていましたが、また暑さがぶり返してきました。まだまだ夏は続きそうです。

さて、今日は新月のお話。次の新月は8月22日。3時30分ごろ、獅子座の位置で新月を迎えます。もうすぐ太陽が乙女座に入ろうかという後半ぎりぎりのタイミングの獅子座の新月ですね。この日は、日食の日でもあるそうです。残念ながら日本では日食は見ることができませんが、アメリカ大陸では、皆既日食や部分日食を見ることができるようです。なんだか特別な始まりのタイミングの新月のような感じがしますね。

サビアンシンボルとしては、獅子座の29度「人魚」というものになります。

獅子座も29度になると、180度お向かいの水瓶座と次の星座である乙女座のニュアンスが混じり合って、前半の「ザ・獅子座」みたいな単純明快さよりは複雑化してくるんですが、人魚というと、水の要素も感じたりしますね。こう・・・無意識化にあったものが、徐々に意識化にのぼってきて、そこに形が与えられて、いよいよ外に出てくる、みたいなそんな感じです。そこには時間や産みの苦しみがありながらも、試行錯誤しながら、ようやっと形になってくる、みたいなそんな感じ。何か、心に抱き続けていた構想や企画、夢、みたいなものがあれば、それを具体化していく、外に出すための形を模索していくタイミングとしては、この新月はいいタイミングかもしれません。

ただ、水星は逆行しているので、形にする作業の完成については急がない方がよさそうな感じです。こうだ!と決めきってしまうと、後でやり直し、リセット、みたいなものがきて、がっかりしてしまいそう。むしろ、あれやこれやと試行錯誤することも含めてそれも、完成への過程だと思って楽しむくらいの余裕を持っている方がいいような感じ。水星の逆行は9月の5日ごろまで続きますので、それまではあれやこれやといろいろ試してみてください(笑)自分自身がワクワクする方向を選ぶと、いいですよ。

このところ立て続けに「龍の誕生」みたいなキーワードも耳に入ってくるんですが、この「人魚」のサビアンシンボルのタイミングが興味深いです。ハイブリッド、融合系、みたいな言葉も浮かびます。実現はまだ少し先でしょうが、先であるからこそ、実現しそうな規模の夢ではなく、大きなビジョンに方向を与えていくようなことを意識していくと時流に乗っていけるかもしれません。


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by sound-resonance | 2017-08-21 21:00 | 星読み | Comments(0)

怖い絵展を見に行ってきた その2

前回のつづきです。

今兵庫県立美術館で開催中の「怖い絵展」の一番のウリというか、見処というのはなんといっても「レディ・ジェーン・グレイの処刑」という絵。チラシや看板などにも大々的に取り上げられています。この絵が日本で公開されるのは、今回が初めてなのだとか。1833年、ポールドラローシュの作品です。
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思ったより、でかい。

チラシやなんかで見てると、大きさの見当がつかないこと、プラス前半は版画やなんかの小さい作品も多いので、この絵も案外小さかったりして・・・なんて思ってたんですが、想像以上に大きい絵で、この絵は、行列に並ばなくても遠目からも見れます(笑)

レディ・ジェーン・グレイとは、イギリスの王位(権力)争いに巻き込まれ、女王の座についたものの、対立体制に女王の座を追われ、処刑された女性。彼女の在位期間はわずか9日間だったといいます。彼女の次に王位についたのが「ブラディマリー(メアリー)」として知られるメアリー女王で、彼女が熱狂的なカソリック教徒であったため、プロテスタントは激しい弾圧にあいました。

ジェーン・グレイが王位に就いたのは、15歳の時。王位を追われ、ロンドン塔に幽閉された後、反逆罪で処刑されたのは16歳です。絵の方は、彼女がいよいよ斬首されるという場面を描いています。

まず目を引くのが彼女が着ている純白のドレス。シルクサテンのような艶のある生地のドレスは、そう遠くない瞬間にはこの白いドレスが彼女自身の赤い血で染まるのであろうことをいやが応にも想像させます。ドレスは襟元が大きくはだけられ、首があらわになっています。長い亜麻色の髪も首を切りやすいように片方に流されています。同じく白の布で目隠しされている彼女は、自分の首を載せる台を手探りで探しています。その手の薬指には結婚指輪がはめられていますが、この指輪こそが、彼女を処刑という運命に導いた政略結婚の証なのです。

こ、怖い・・・

脇には、彼女が直前まで身につけていたのであろう宝飾品を手に嘆く侍女、柱に寄りかかって泣き崩れる侍女、けなげに断頭台を探すジェーンを支える男性、首切り役人の姿も描かれています。

まあ、確かにこの絵は、この絵の背景がわかると怖さが増しますね・・・・

でも、もうひとつ怖いと思うのは、この絵に「演出」が入っている、ということ。昔の話なので、真相は定かではありませんが、実際の処刑時のジェーンは、このような純白のドレスを着ておらず、目隠しもされていなかったという風にも言われているのだそうです。確かに、幽閉されてからの処刑なので、わざわざこんなシルキーなドレスで処刑されるとも思えない。彼女自身の血で赤く染まるのは何よりも白いドレスである方が、彼女の衣装が結婚衣装を連想させる方がより、そして、彼女が目隠しをされている方がより、悲劇性が増し「怖い」、この「演出」を画家が意図的に行ったのか、画家の旺盛な「想像力」なのかは定かではありませんが、そうやって、「作られた」ビジュアルが、史実を変えていく、というか超えていく感じが、面白いともいえるし、怖いともいえるな、と思いました。

「怖い絵」の著者、中野京子さんが、怖い絵というテーマで本を書こうと思ったきっかけになったのが、マリーアントワネットの処刑直前の様子を描いた1枚のスケッチだったのだそうです。
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走り書きのような極めて簡素なスケッチの中に、画家の悪意のようなものが垣間見えて、それが「怖かった」のだそう。確かに、栄華を極め、贅沢の限りを尽くしたとされているマリーをもう少し「美しく」描くこともできたでしょう。でも、画家はそうしなかった。そして、それがマリーアントワネット最後の姿として、後世に語り継がれていくのです。

他にも、ヘビに自分を噛ませて自殺したというクレオパトラが、裸ではなく、着衣だった、とか、絵画によって、史実とは違ったイメージができあがった例というのはたくさんあるようです。そうやって伝説って生まれていくのだなあ、みたいな・・・(画家、もしくは鑑賞者のエロチックな欲望を満たすための絵画の存在も感じましたが、この件については、またの機会に)本人の意図とは無関係な場所で、フィクションがさもノンフィクションのように語られていく様が怖いな、とも思ったのでした。

「レディ・ジョーン・グレイの処刑」の絵は最後のお部屋にあって、私がその絵を至近距離で鑑賞できた時には、すでに閉館間際、それでも、まだまだ人は引かず、最後は警備員さんの丁寧な言葉遣いながら追い出しに追われる形でちょっとずつ人が引いていきましたが、閉館ぎりぎりいや、閉館時間を過ぎてもなおあんなに人の残っている展覧会というのも初めてでした。自分のペースでなかなか鑑賞ができないので、余裕を持った入館をおすすめします。ちなみに、普段は10時から18時までですが、金、土は、20時まで開いてますよ。

夏と恐怖はつきもの、冬の開催ならあんなに人が入らなかったような気もしますが、絶叫マシーンとかお化け屋敷的爽快感を求めて、展覧会に行くとえらい目にあいます。どちらかというと、やりきれない、とか、やるせない、とか、後味悪く心理的にビシバシくる作品もありますので、その辺りはご覚悟を。

「怖い絵展」兵庫県立美術館 9月18日まで


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by sound-resonance | 2017-08-19 19:19 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

怖い絵展を見に行ってきた

兵庫県立美術館で開催されている「怖い絵展」を見に行ってきました。

中野京子さんのベストセラー「怖い絵」発売10周年を記念した人気の展覧会とはいえ、お盆あけの平日、午後2時過ぎ、このくらいの時間帯だとさすがにすいてるだろう、とタカをくくり美術館に到着するも、なんとチケット売り場に長蛇の列。待ったり並んだりということに極度に耐性のない私、チケット買うために並ぶ気になれず、ちょうど同じ美術館でやっていた「ブータン展」を見ることに。

なんで、いきなりブータン!?つい数分前までブータンのことなんて頭に露ほどもなかったのに、と思いつつ、そういえば、この国の王様と王妃様って美男美女カップルだったよね〜、なんて思いながら、楽しく鑑賞。ま、その話は気が向けば書きますが、ブータン展を見終えて、会場を出てきたら、列のできていたチケット売り場から列が消えておりまして、お、これはいけるかも、なんて思い、ついついふらふらとチケットを買ってしまったのでありました。やっぱり、ブータンじゃなく(いや、ブータンはブータンで面白かったんですが(笑))、怖い絵を見に来たんだもんね、後ろ髪引かれる思いで帰るよりは、目的の展覧会を見て帰りたいですよね。

その時、すでに午後の4時。美術館に行くと、ゆっくり見たい派なので、美術館にこんな遅い時間から入ったのは初めてです・・・午後5時閉館の美術館が多いですが、兵庫県立美術館の怖い絵展は、午後6時までやっています。

だがしかし。午後4時過ぎだというのに、中に入ってみると人がうようよ。大きい油絵だと遠目にでも鑑賞できるんですが、版画とか小さくてしかも白黒の作品もたくさんあるので、近くに寄らないと、絵が鑑賞できない。となると、必然的に列に並ばなければならない・・・・うーん、混んでる美術館って、ストレスがたまりますね・・・・絵を見るのも好きだけど、広くて静かなのが美術館のいいところ、なのに・・・・この前に「ブータン展」を2時間ほどかけて鑑賞しているのもあり、足は痛いし、集中力の途切れる中、人も多いし、もう、いっか、みたいな投げやりな気持ちになりつつ、1つ、見たい絵がありました。

それは「ビール通りとジン横町」という絵。絵というより版画ですね。
この版画のことは、「ボンベイ・サファイア」というジンを買った時に知ったんですが、幸せ・健康の象徴としてのビールと、貧困と不道徳、不健康の象徴としてのジンを対比させた版画です。

左がビール通り、右がジン横町。
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この版画の作られた18世紀当時、ビールには高い税金がかけられており、その「高い酒」を飲むことができるのは比較的裕福な人たちだけだったんだそうです。

それに比べてジンは税金のかからない安いお酒、ビールを買うことのできない貧困層はこの酒を買うしかないわけです。しかもアルコール度数が高いので、すぐに酔える。働けど働けど、ちっとも楽にならない生活、苦しい現実を忘れるために、アルコールの高いジンを浴びるほど飲む、酔っぱらって、何がなんだかわからなくなってとんでもないことをしでかして、さらに転落人生。貧困のスパイラルからは決して脱することはできないのです。

こういった当時の事情から、ジンは「安酒」「不道徳な酒」みたいな悪いイメージがついちゃったわけです。実は私も先日「ボンベイサファイア」の記事を書いた際、「透音さん、ジン飲むんだ、なんか意外」と言われたことがありました。まあ、「イメージにぴったり♡」と言われるよりはいいんですが(笑)、ちょっとジンがかわいそうな気もします・・・・。でも、確かにこの版画を見ていると、「ジン、怖い・・・」みたいな気になってきちゃいますよね・・・というのか、当時のジンの扱いがよくわかる感じがします。しかし、ジン横町の方ばかり気になって、ビール通りの方がどうでもよく思えちゃうのはなぜだろう・・・(笑)
「ジン生、いろいろ」なんていう、中野京子さん自らのキャッチフレーズが添えてありましたが、この版画、どう見ても、ジン横町が主役だよね・・・

というわけで、見たかった版画を生で見れたのはよかったんですが、この展覧会の一番の見処はここではありません(笑)もっと注目するべき大作があります。というあたりで、つづく・・・・
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by sound-resonance | 2017-08-17 21:49 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

パプリカ!

暑いんだか涼しいんだかよくわからない気温が続きますが、お盆を過ぎまして、いよいよ8月も後半に突入ですね。透音もほんの少し帰省しておりまして、久しぶりに透音パパ作の夏野菜をもらって帰ってきました。

ゴーヤとかなすびとか、オクラとかいろいろもらってきたんですが、今日はその中でもパプリカを紹介。大きくてとても綺麗なパプリカをたくさんもらってきました。
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パプリカって肉厚で甘いので、サラダとか生で食べる人が多いと思いますが、私はピーマンと同じ扱いで炒め物に使っちゃうことが多いです。
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って、ピーマンとパプリカってどう違うねん!?
どうも、たいした違いはないみたいですね・・・(笑)ピーマンもパプリカもトウガラシの改良種で、ピーマンはシシ型、パプリカはベル型という違いがあるようですが、辛くないトウガラシという意味ではほとんど同じだといってもいいようです。

とはいえ、先ほども書いたように、ピーマンは火を通す、パプリカは生で、みたいな使い分けをしている方も多いと思いますが、ピーマンも採りたては、生で食べてもとっても美味しいですよ。ピーマンが嫌いという人も案外多いみたいですが、個人的にはこんなに美味しいものを、なぜ?と思ってしまいます・・・・思うに、最初の出会いが悪かっただけじゃないかな、みたいな・・・。そんな方もパプリカだと青臭さがほとんどないので、ハードルが低いかも。生食にこだわらず、ぜひ炒め物などいろいろなお料理に使ってみてくださいまし。

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by sound-resonance | 2017-08-15 19:19 | 音・色あれこれ | Comments(0)

なくしもの

先日作った月と鳥モチーフのレジンワークの写真を載せましたが、実は同時期に小さめの銀色の月と鳥も作っておりまして、先日の金色のものと一緒に窓辺で太陽光に当てていたところ、銀色バージョンの方がどこかにいってしまいました。たぶん風で飛ばされて、どこかに落ちちゃったんだと思いますが、まさか屋外に飛ばされたわけでもないだろうし、家のどこかにあると思って、ペンライトなんぞ使ってサイドボードの下なんぞ探してみたんですが、なぜか見つかりません。いや、絶対どこかにあるはず、なんですが、見つからない。

なくしものってそういう時がありますよね。どう考えても、家の中にあるはずになぜかいくら探しても見つからない、こつ然とモノが消えてしまう時。こういう時はやっきになって探しても精神衛生に悪いだけなので、一旦あきらめるしかないんですが、パラレルワールドがホントにあるんじゃないかな、なんて思ったりもしてしまいます。「こっち側」にいる間は絶対に超えられない時空のすきま。何かのはずみに「あっち側」にひょいと移ると、なくしものは、え?なんでここから??ここ、何回も探したのに〜!!みたいなところからひょいと出てくる。でも、その探し物は、「あっち側」には、ずっとそこにあって、自分が「こっち側」にいたから、「見る」ことができなかった、みたいな。時間って、連続したものではなくて、もしかすると、限りなく微細な映画のコマのようなものなのかもしれませんね。

それにしても。月と鳥、銀色バージョン、どこの時空にあるのやら。再会の日はやってくるのだろうか。けっこうお気に入りだったのにな・・・・
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by sound-resonance | 2017-08-13 20:59 | 音・色あれこれ | Comments(0)

月と鳥

台風の後、一瞬涼しかったですが、また暑くなりましたね。「フローズンリフレッシュ」のミントシャンプー、買うほどでもなかったかな〜と一瞬思いましたが、なんのなんの、まだまだ暑い日が続きそうなので、冷やっこいミントシャンプーは当分重宝しそうな感じです。

今日は「山の日」ですね。登山を楽しまれた方もいらっしゃったのでしょうか。3連休でもあるので遠出して憧れの山を目指すという方もいらっしゃるかもしれません。水分補給をしっかりして、無理のないように山登りを楽しんでくださいね。

ちょっと遠のいていたんですが、久しぶりにレジンを使って遊んでみました。月と鳥のモチーフ。月には様々な天然石のさざれをちりばめてあって、カラフルです。

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月と鳥というと、「月と雁」という言葉を思い出します。試しにググってみると、まっ先に「切手買い取り」とか「切手売る」みたいなサイトが出てきて、切手としての「月と雁」の方がもはや有名になっちゃってる感じもあります。1949年発行の切手というから相当昔の切手で、実物は見たことはありませんが、子どもの頃「見返り美人」と並んで切手収集家の憧れの的の切手であることは切手収集家ではなかった私も知っていました。元々は安藤広重の浮世絵で、原画の方も縦長で、満月の全体を描かない右半分を大胆にカットしてある辺りがかっこいいですね。
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by sound-resonance | 2017-08-11 20:44 | オルゴナイト | Comments(0)