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白菊丸の悲劇

今日も江ノ島のお話。

行ってみるまで知らなかったんですが、宗像三女神がそれぞれお祀りされている3宮を抜けて、江ノ島の弁財天信仰の発祥の地と言われている「岩屋」まで行く途中に「稚児ヶ淵」という場所があります。平らな岩場が広がっていて、向こうに富士山を望める絶景スポット、夕方は海に沈んでいく夕陽がとても美しい場所で、この日もいいお天気だったので多くの人が岩場まで降りて釣りをしたり、磯の生き物を探したり、散歩したりしていましたが、なかなかに悲しい伝説がある場所だったりします。

昔、自休という徳の高いお坊さんがいました。彼が、江ノ島の弁財天にお参りに来た際、一人のお稚児さんの姿が目に入ります。彼の名は白菊。その瞬間から自休の脳裏には白菊の姿が焼き付き忘れられなくなってしまいます。思いあまって、白菊が修行する鎌倉の相承院まで押し掛ける自休。一方の白菊の方は、自休の想いを受け入れることができず、悩みとまどい、とうとう江ノ島の淵から海に飛び込んで死んでしまいます。
このことを知った自休は、嘆き悲しみ、白菊の後を追って、自らの命を断ったのでした。

ざっくりいうと、こんなお話。

あれ?この「白菊」っていう名前、淵から身を投げた高僧と稚児のカップル、なんか聞いたことあるなあと思っていたら、「桜姫東文章」の中に出てきますね。といっても、私も歌舞伎を見たのではなく、木原敏江さんだったと思うんですが、歌舞伎を題材にしたマンガを昔読んだような気がします。
今手元になくて確認できないんですが、白菊と自休(清玄)は、確か相思相愛だったような・・・今生では祝福されぬ恋ゆえに、生まれ変わったら一緒になりましょうといって、心中したんじゃなかったけ??この稚児ヶ淵の話だと自休の一方的な片思いじゃん・・・思いを寄せられた白菊の方は、悩み抜いた上に自殺しちゃうわけですから、相当な罪、しかも未来ある子どもに懸想って・・・・お坊さんの修行って一体・・・現代風に解釈すると、死んじゃった白菊が気の毒、自休最悪という思いしかないわけですが、どれだけ修行を積んだ徳の高いお坊さんでも、恋に落ちるのは一瞬、その想いはどうにも止められない、行き着く先に死が待ち受けていようとも突き進むしかない、そういう急転直下フリーホール的恋に一生に一度でも落ちてみたい、そういう憧れっていうのはある、かも、しれない、ですね・・・

「桜姫東文章」の中では、清玄と白菊は一緒に心中を図りますが、清玄だけが死にきれず生き残ってしまいます。で、主人公の「桜姫」が、白菊の生まれ変わりであることに気づいた清玄は桜姫に言い寄りますが、桜姫の方は釣鐘権助のことで頭がいっぱいで清玄には目もくれない、というか、徳の高いお坊さんとしては尊敬しつつ、ちょっと薄気味悪いな、くらいに思っています。マンガを読んでいて、生まれ変わったら一緒になろうって言ってても、いざ生まれ変わったら、こんなにも忘れちゃうの??生まれた時から左手に握っていた香箱きっかけで、前世のこと、思い出すとかないの??と少々不思議、清玄がちょっと気の毒な気もしていたんですが、前世から、一方的な恋だったんだったら、納得できるような、そうでもないような・・・

作者の鶴屋南北さん、もしかすると、叶わぬ片思いの経験があったのかもしれないですね。だから「稚児の淵」の伝説を聞いて、せめて自分の創作の中では、相思相愛の二人の心中として書いたのかも。なんてね。


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by sound-resonance | 2017-09-30 16:03 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

ロックな弁天さま

なんだか、暑いですね!今年の9月は例年に比べて涼しいな、残暑厳しくないな、なんて思ってたんですが、9月も最後の最後になって、「残暑」みたいな日が数日続いています。ちょうど夏の総決算の時期、夏バテが出やすい時期かと思いますので、体調にはくれぐれも、気をつけてお過ごしくださいね。

さてさて、前回ヨコハマトリエンナーレを見に行ったという話を書きましたが、思ったより早く会場を回れたので、日曜日は、思いつきで江ノ島に行ってみました。私は関東方面に土地勘がないんですが、江ノ島って横浜から1時間程度で行けちゃうんですね。

江ノ島というと、有名なのが、弁天様。白い肌が艶かしい裸の弁天様が有名ですね。実際に見たことがなくても、江ノ島というとこの弁天様を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

京都、奈良に気軽にアクセスできる関西地方に小さい頃から住んでいる私にとっては仏像は割に身近な存在というか、見る機会が割と多いんですが、裸という特異性に一度は拝見してみたいものだと思っていました。

だって、裸に琵琶、だよ~、なんでそんなことになるの~!?裸にエプロン、的なもんか!?(発想が男子やな・・・(笑))いやいや、相手は神様だし!!となんだか訳がわからないんですが、まあ、とにかく興味津々だったわけです(笑)

モノレールに乗って江ノ島駅からてくてく歩くこと約20分。江ノ島には、宗像三女神がお祀りされていて、その中の市杵島姫神(イチキシマヒメ)は水の神様ということで、弁財天や瀬織津姫と同一視されることも多いのだそうです。弁天様も、元々はインドの水の神様(サラスバティ)ですもんね。ただ、いわゆる「裸弁天」は、イチキシマヒメのお祀りされている辺津宮のそばにある奉安殿にお祀りされていて、辺津宮のご本尊は別にいらっしゃるようです。

この奉安殿、拝観料が200円かかるんですが、江ノ島にそうそうしょっちゅう来る機会もないだろう、ということで、いそいそと拝観料を払い中へ。いよいよ弁天様とご対面です。中は写真撮影が禁止となっているので、写真はHPからの引用です。
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ほお・・・思っていたより小柄な弁天様。
「裸弁天」は俗称で「妙音弁財天」というお名前みたいです。リーフレットに「女性の象徴を全て備えられた大変珍しいお姿」とありますが、その辺りは御座布団でうまくぼやかしてあります。色白のつややかなお肌にブルーの髪の毛の色っぽい弁天様。鎌倉時代の作ということですが、むしろお隣に安置されている同じ鎌倉時代に作られた「八ぴ弁財天」の方が県の重要文化財に指定されています。こちらの弁天様は、琵琶は持っておらず、宝珠と剣を持っているのがなんだか珍しいですね。

しかし、なんで裸なんだ?ちょっと調べてみると、鎌倉時代に仏像によりリアリティを追求するという流れの中で衣類をまとわないお姿の仏像が製作されたのだとか。人間も中には着たきりスズメの方もいるかもしれませんが、たいていは、服を着替えますよね。そんな感覚で、衣類を「着替える」ための裸、なんだそうです。

え~っそうだったの~!服、着せてやれよ・・・・むしろ、どうして「裸の弁天様」として有名になっちゃったんでしょうね。彼女がなぜ衣服を着替えるための裸であるところ、あえて、服を着ないでありのままの姿で生きる元祖「裸族」的人生を選んだのか、その辺りが知りたいものです・・・ま、ご本人は、服着たいかもしれませんけどね(笑)

ま、それはさておき、弁天様は、音楽を含む芸能の神様でもあります。これからも末永く「音」に携わっていけますように、としっかりお願いしてきましたよ。江ノ島の話は気が向いたら続く。
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by sound-resonance | 2017-09-28 00:02 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

島と星座とガラパゴス

週末を利用して、ヨコハマトリエンナーレを見てきました。トリエンナーレなので、前回開催されたのは、2014年。この年のディレクターをされていたのが、大阪在住のセルフポートレートで有名な森村泰昌さんということで、興味を抱いて見に行ったのが、この美術の祭典を訪問した最初だったんですが、もう3年もたっちゃったんですね。まずもってそのことに驚きつつ、今年も見に行ってきました。

今年のタイトルは「島と星座とガラパゴス」というものなんですが、テーマ(ディレクターズメッセージ)が「『接続性』と「孤立」から世界のいまをどう考えるか?」というもの。私は前回のトリエンナーレしか見ていないので、最初からそうなのかは定かではないし、昨今の現代アートの傾向として、社会的課題との接点というのがあるような気もするので、そういった傾向を踏襲しているのかもしれませんが、個人的な感想としては、このトリエンナーレは特に社会性の強い作品を集めてあるな、という感じがします。

インターネットはもはや当たり前のように生活の中に入り込み、SNS等でこれまでとは全く違った「つながり」が見られるようになった今日この頃。一方で、個人の処理能力をはるかに超えた情報過多の時代の中であっぷあっぷしながら、限られた社会の中で孤立をひしひしと感じるようにもなっている社会。そんな社会の中に潜む「接続性」と「孤立」をテーマに約40組のアーチストの作品が集結しています。

その中でも、今回特に印象に残った作家は、木下晋さんと、クリスチャン・ヤンコフスキーさんの2人でした。

木下晋さんは、10Hから10Bまで様々な硬さの黒鉛筆を用いて、極めて緻密なモノクロームの絵を描かれる方。最後のごぜとも言われる小林ハルさんを描いた作品が瀬戸内海の豊島に展示されているのを見たことがあるので、初めてではないんですが、このトリエンナーレでは、元ハンセン病患者で詩人の桜井哲夫さんを描かれた作品他数点が展示されています。

合唱する手。黒鉛筆で描いたモノクロの世界。なはずなのに、角度によって、黒い部分が光って黄金色に見える。深い闇の中の金色の光。どきっとして角度を変えると、金色は黒に戻る。合わされた手の中には光がありました。
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木下晋さんは、孤独の中で生をまっとうした人たちに強く引きつけられ絵を書き続けてきました。小林ハルさんも、桜井哲夫さんも、その生き様をたどると、絶句してしまうような壮絶な人生を歩まれています。時代もあるんでしょうが、人権もへったくれもない、差別と偏見と貧困にさらされた人生。その中でも、彼らは、その人生を受け入れ、人としての尊厳を失うことはないのです。

そして印象に残ったもう一人、クリスチャン・ヤンコフスキーの作品は、身体と公共彫刻の関係性について言及するもの。その中のひとつ「重量級の歴史」は。ポーランドの重量挙げの選手たちが、ワルシャワ市内の数々の歴史的人物の彫像を持ち上げようと試みる様子を追った映像作品です。選手たちが持ち上げようとするのは、兵士の像であったり、人魚の像であったり、アメリカのレーガン大統領の像だったりして、それぞれに、ポーランドの「重い」歴史を象徴するものだったりするんですが、普段は自分自身の肉体の限界に単独で孤独に挑む選手たちがチームワークで彫像を持ち上げようとするところ、彼らがそのチャレンジに極めて真面目に取り組んでいること、持ち上がれば成功、持ち上がらなければ失敗というシンプルさ、成功した時のレポーター、観客を含めた喜びっぷりがなんだかほのぼのとしていて、見ていて楽しかったです。ま、テーマは「重い」んですけどね。でも、このシンプルさがいい。

「昭和世代」の私が単純についていけてないだけかもしれませんが、新たな「接続性」の時代の現代アートの展覧会は、「写真OK」が標準になってきていて、いたるところでシャッター音が聞こえてきます。私のようにブログに貼付ける人というのはむしろ少数派で、インスタグラム等SNSで短い文章と共にリアルタイムにアップされ、一時的に盛り上がり、忘れ去られていきます。このトリエンナーレでは、難民の問題、民族間の扮装問題、日本でいえば、原発の問題など「重たい」テーマを取り上げた作品がたくさんあるんですが、それらが、消費されていく感じにも若干違和感を感じたりもしたのです。アートって、なんだったっけ?この「昇華」されきらない発展途上な感じは何だろう・・・・みたいな・・・。ま、それも、リアルタイムな「現代アート」なのかもしれませんね。

ヨコハマトリエンナーレ 横浜美術館他2会場で開催中。11月5日まで


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by sound-resonance | 2017-09-26 07:42 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

山ぶどう羊羹

これも、新潟に行った時に買ってきた羊羹。山ぶどうの入った羊羹です。これもパッケージの可愛さに思わず買ってしまいました(笑)

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口に入れた瞬間にジューシーな山ぶどうの風味がひろがります。紅茶にも合うと書いてあったので、ゼリーっぽい感じなのかな、と思いましたが、ちゃんと羊羹味です(笑)果汁だけでなくて、ドライフルーツも入っていて美味しい。
でも、個人的にはふきのとう羊羹の方に軍配が上がるかなあ。これだったら、ゼリーを食べたい、とどうしても思ってしまいました・・・・個人の好みですけどね!
こちらもオンラインショップで購入可能ですよ。

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by sound-resonance | 2017-09-23 21:29 | おやつ・チョコレート | Comments(0)

羊羹にふきのとう!?


先日新潟の「夢の家」に行った時に買ってきたおやつ、「ふきのとう羊羹」。白あんベースの羊羹の中に細かく刻んだふきのとうが入っています。

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ふきのとうというと、春の訪れを感じさせるほろ苦さが身の上ですが、塩羊羹とか、塩キャラメルとか「甘しょっぱい」風味はあっても、「甘苦い」って、何なん?それ、いけてんの!?と思いつつ、パッケージのかわいらしさについつい買ってきてしまいました。このパッケージは、一口サイズの羊羹が4つ入っています。

半信半疑で食べてみると・・・うまい!
やるじゃん、ふきのとう羊羹!美味しいじゃん!!
うまくいえないんだけど、小豆じゃなくて、白餡チョイスが絶妙。ふきのとうの入り具合も絶妙。おいしい。

遠いから、なかなか行けないけど、今度新潟に行く機会があったらまた買おうっと。

ちなみにオンラインショップでも、購入可能ですよ。興味のある方はお試しあれ。

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by sound-resonance | 2017-09-21 20:34 | おやつ・チョコレート | Comments(0)

乙女座の新月

三連休が終わりました。三連休だった人もそうでなかった方もいらっしゃったと思いますが、今回は、台風18号に右往左往させられた連休だった方も多かったかもしれませんね。大阪では、連休3日目、最終日は台風が抜けて晴天、一日晴れだったんですが、なんとなく気が抜けてしまい、家でぼーっと過ごしてしまいました。お掃除するなり、いろいろやることはあったような気がするのに、もったいないような、贅沢なような・・・関西地方はそんな感じですが、台風は北上し、日本列島に影響を及ぼしているようなので、お住まいの地域によっては、まだまだ注意が必要かもしれません。

さて、今日は新月のお話です。次回の新月は9月20日、14時30分ごろ乙女座の位置で迎えます。乙女座というと、自己管理能力、限られた空間、分野の中の整理整頓、みたいなキーワードが浮かびますが、前回の魚座の満月以降自分にとって不要なものをうまく手放してきた方にとっては、ここから自分の手の中に残った「自分らしいもの」と共に自分らしく生きていく、生活していくようなきっかけの日になるかもしれません。

サビアンシンボルとしては、乙女座の28度「スキンヘッドの男」になります。うーん、なんだか、むき出し感満載ですね(笑)髪の毛には感情が宿ると言われています。髪型によって、人の見た目、第一印象も随分変わったりしますね。お坊さんは俗世間のしがらみを一切断ち切るために髪の毛を剃ります。その髪の毛が一切ない状態、感情に流されないで状況を見極める、その中で取るべき自分の行動を決める、合理的な生き方、なんだかそんな感じです。ヘアスタイルで取り繕うことなく、そのままさらけ出していく、体裁を整えない潔さ、そんなライフスタイル、そんな言葉も浮かんできます。この日は、太陽、月以外にも、水星、金星、火星も乙女座で、乙女座祭りな一日でもあります。きっちり、かっちり、真面目に物事に取り組みたくなる日かもしれませんね(笑)ただ、人に何かを伝える際には、批判、批評に聞こえることもありますので、ソフトさを心がけて。

先ほど髪の毛には感情が宿ると書きましたが、それは「過去」が宿ると置き換えてもいいかもしれません。過去に起きた出来事やそこに対する自分の感情は髪の毛の中に蓄積されていきます。このところ、何をやってもうまくいかないという方、もしかすると、過去のネガティブな感情が髪の毛に宿っているが故にそこから抜け出せないということもあるかもしれませんよ。そういった場合は、少しでもいいから髪の毛を切ることをおすすめします。新月まであと1日あります。髪の毛を切って心機一転、新しい気持ちで新月を迎えてくださいね。
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by sound-resonance | 2017-09-19 00:24 | 星読み | Comments(0)

中止になっちゃった・・・

以前、やなぎみわさんのデコプロジェクト「日輪の翼」について書いたことがありました。台湾から輸入したトレーラーを舞台に「日輪の翼」という劇をして全国を回ろうというプロジェクト。トレーラーに名前を入れてもらえるクラウドファウンディングに私も参加し、「透音」の名前を入れてもらいました!それが2014年の出来事。その当時は、劇の構想だけがあって、脚本も、出演者も何も決まっていませんでした。

そこから、2年たった2016年、いよいよ劇が上演、となったんですが、うまく日程があわず、行けずじまいでまた1年。やっと今日京都で上演される劇を見れると楽しみにしていたのに・・・

なんと台風到来で、上演中止!!

ぼーぜん。

なんで!?なんで、こんな時に台風がくるんだよ〜!!

野外での上演だから、仕方ないよね・・・と自分を納得させつつ、残念でございます・・・

「透音」の名前が入っているところ、自分の目で確認したかったのになああ。

そうそう、トレーラーを維持しながら、全国を上演して回るというのは、けっこうお金がかかる、ということで、再びトレーラーに名前を入れてもらえるクラウドファウンディングを実施中です。私が次の機会に天候に恵まれて劇を見ることができるように、興味のある方はご協力くださいませ(笑)




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by sound-resonance | 2017-09-16 16:00 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

ビジュアルを聞く

「夢の家」について一通り書いたので、また金沢の21世紀美術館に戻ります(笑)

21世紀美術館には有料ゾーンと無料ゾーンがあって、無料ゾーンで開催されている展覧会にも面白いものがあります。11月5日までlab.2で開催されている「sight」もそのひとつ。sightとは、超音波情報から空間を把握するイルカやコウモリにヒントを得て、視覚情報を音で認知することができるデバイスです。
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(画像は、美術館HPより引用)

実際に体験してみることができるので、試してみると、確かに身体の向きを変えたり歩いたりすると、耳から聞こえてくる音が変わります。展示室には、立方体や三角柱など、様々なオブジェが置いてあって、どれがどの「音」かまではわからなかったんですが、そのオブジェごとの音が聞こえていたよう。慣れてくると「ここにソファがある」ということが音で認知でき、ソファに座ることができるようになったりもするんだそうです。

ここでの視覚を音にするというのは、モノの形の「音」というよりは、認知者とモノの距離を音情報にして耳から聞くという方が正確な感じみたいでしたが、イルカやコウモリは、人間には見えも聞こえもしない超音波を使って、餌を取ったり仲間とのコミュニケーションを取ったりしていて、超音波が使えるかどうかは別として、人間にもそれができる可能性があるんだそうです。

この研究をされている方々は、1990年代生まれの20代の若い世代の方々。他にも「抑うつの精神状態を音声から推定する技術」とか「超音波を用いた映像制作システム」とか「合成音声を題材としたインスタレーション」とか面白い研究、開発をされています。いろんな研究をしている人がいるのだなあ・・・・音情報も視覚情報も元々は大雑把にいうと波、振動の情報です。目で見ること、耳で聞くことの垣根がなくなった先に、新しい感覚の世界が開かれていくのだとしたら、とても楽しみですね。


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by sound-resonance | 2017-09-15 20:06 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

マリーナさんのホロスコープ

新潟にある「夢の家」に宿泊してから、夢の家もさることながら、その作者であるマリーナ・アヴラモヴィッチさんのことににわかに興味がわいた私。私が知らなかっただけで、彼女は世界的なパフォーマンス・アーチストで、かのレディ・ガガも彼女を敬愛しているのだとか。そんな方の作品が、日本の新潟にあるというのもなんだかすごいことですね。私さりげにすごい場所に泊まっちゃったわ・・・・知らないって、怖い・・・(笑)
ま、それはさておき、今日は彼女のホロスコープについてちょっと書いてみたいと思います。

彼女の生年月日は、1946年11月30日。太陽星座でいうと射手座ですね。生まれた時間がわからないので、正確にはいえないですが、月星座としては水瓶座だと思います。

彼女の母親は軍人だと以前書きましたが、彼女にとっての母親とは、守り育てる母というよりは、同志、横並びのフラットな関係だったかもしれませんね。武器を含め、メカニックなものにも、小さい頃から慣れ親しんだ環境だったかもしれません。個性的でありたい、人とは違う存在でありたいという気持ちが強い、自立的な子どもだったのではないでしょうか。

特徴的だな、と思うのは、獅子座の冥王星と土星がコンジャンクションしていること。いろいろな読み方があるとは思いますが、こう、極端に自己表現に厳格である様子、極端に厳格な人物の強い影響、みたいなものを感じます。それが、射手座の太陽、火星と60度(トライン)の角度を取っています。ここで彼女が持つ圧倒的な宗教的背景を読み取ることができるような気がするのです。

夢の家で過ごすためには、厳格な儀式があり、宿泊者はそれに従わなければなりません。それを窮屈だと思う人も多いらしく、例えば火気厳禁とかお風呂では石けん類を使わないとか最低限の「絶対守るべきこと」以外は「守っても守らなくてもいい」というところまで緩やかになっているようです。でも、作家本人の意図としては、「そうあるべきこと」であって、その儀式にのっとることで、生活すること、生きることが際立ってくる、みたいな感じがあるのではないか、と思ってみたりもします。

次に特徴的だな、と思うのは、さそり座の木星、金星、水星がコンジャンクションしていること。深くつながること、深い情感、捨て置かない感じ。なんだろう・・・信頼を勝ち取るのに、時間がかかるけど、いったんつながれば一生面倒を見てもらえそうなそんな感じです。ただ、嫉妬も激しそうではありますが・・・(笑)

夢の家のインストラクションの部屋、最初に家についての説明を受ける部屋の机の上には、24個の水の入ったガラスのコップが置かれています。
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これは、この家が「24間」ありますよ、ということを表しているんですが、同時にこの土地が昔から水に恵まれ、水を大切にしてきたことをも表現しているのです。夢の家がある「上湯」地域は温泉(源泉)の上に位置し、つい最近まで水道が通っていなかったんだそうです。人々はわき水で暮らしていたんだそうで、水道の通った今でも、家庭ではわき水を利用しているのだとか。

マリーナさんは、上湯地域の「水」との関わりに深く感銘を受け、この場所に「夢の家」を作ることを決めたのだそうです。
ちなみに上湯地域下方にある「松之山温泉」は、地殻の隆起運動によって閉じ込められた千に百万年前の海水がマグマによって温められ、地層の断裂から一気に湧出る「ジオプレッシャー型温泉」といわれていて、そのような形の温泉は日本ではとても珍しいのだそうです。

その地底に眠っていた古代の海水がわき出してきた感じも、地下に豊かに水が眠っている感じもなんだかさそり座っぽい(笑)彼女が深い感動をこの地に感じたのでしょうね。

その木星、水星、金星のさそり座が、獅子座の土星、冥王星、水瓶座の月と、それぞれ90度(スクエア)の角度を取っています。
彼女の深い情感は、なかなか素直に外に出す、表に見せることが難しい、どうしても、自分の感情よりも、人との公平さを優先、あるいは、人に対しては強がってしまうようなところがあるのではないかと思います。それでも、彼女が求めているのは、人との深いつながり、1対1の深いコミュニケーションなんですね・・・

彼女の10個の天体の中には、火、風、水の要素がバランスよくありますが、土の要素が1つもありません。彼女が表現方法としてパフォーマンスアートという方法を選んでいることがこの辺りからも見てとれるな、という感じがします。彼女の中には「残す」「維持する」ということに対する興味はほとんどないのです。一瞬一瞬リアルな瞬間だけが本物、彼女にとってはその場その場のパフォーマンスこそがアートの形なのです。

そう思えば、彼女が第1回目の「大地の芸術祭」に参加したというのは、彼女の経歴にとってとても異質なことのようにも思えます。

彼女は書いています。

「プロジェクトは『大地の芸術祭』のためにつくられた。だが、本当に信じられないことが起こったのだ。『夢の家』の集落の住民たちが、その家を自分たちのものとして受け入れ、その世話をし続け、『夢の家』が彼らのコミュニティの一部となったのである。作品がアートというコンテクストから出て、現実の生活に入っていったのは、私にとって初めてのことだった。」

上湯の人たちにとって、マリーナさんはまさに客人、遠くからやってきた「稀人(まれびと)」でした。彼女は、住民に彼女のコンセプトを説明し、夢の家を作りました。そして、彼女は去りましたが、彼女が持たない「地」の部分を上湯の住民達が補う形で、夢の家は今もコミュニティの一部として、夢を見るためにやってきた旅人、あらたな「稀人(まれびと)」達を受け入れているのです。


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by sound-resonance | 2017-09-13 20:11 | 星読み | Comments(0)

マリーナさんのこと

9月に入ってから数回にわたって「夢の家」について書いてきましたが、実は、夢の家に興味を持ったのは、赤、青、緑、紫の4つの色の夢の部屋という色彩からであって、作者のマリーナ・アブラモヴィッチさんのことは、何も知らかなかったし、正直そんなに興味がなかったんですが(スマン)、夢の家のメイキングDVDを見ていて、地元の方が「最初は怖い人だと思っていたけど、会ってみたらすごく優しい人だった」みたいな感想を述べられているのを見て、どうして「怖かった」んだろう?と妙にひっかかって、ちょっと調べてみると、パフォーマンス・アーチストとしてとても有名な方のようですね。
旧ユーゴスラビア(現セルビア)出身のアーチストで、自分のことを「パフォーマンス・アートの祖母」と称しているのだそうです。

彼女のアートの特徴として「自らの身体に暴力を与える」とあります。ろうそくで熱せられたベッドの上に横たわり、ひたすら熱さに耐える、とか、ガラスに自分の身体をひたすら押し付ける、とか、広げた指の間にリズムに合わせてナイフを突き立てていく(手元が狂うと、自分の指にナイフが刺さることになる)とか、自分のお腹にナイフで星形に傷をつける、とか確かに過激で痛々しいパファーマンスが多いです。

自らの肉体を極限まで追い込み、そこに見えてくる精神世界を探求する、簡単に言えばそういうことになっちゃうのかもしれませんが、彼女が女性であり、女性である自分の身体を自ら傷つけるというパフォーマンスに至った背景に、何か厳格な宗教的背景や生育史があるのではないか、と思い調べてみると、祖父の兄弟がセルビア正教会の総主教であり、母が軍人という家庭に生まれ育った方のようです。

おそらく、小さい頃は厳格な家庭環境だったのではないかと推測されます。軍人としての母はまさに戦う母親。個人的な「家庭」よりも社会的正義を優先する、そんなストイックな母親を幼少期には尊敬しつつも、子どもから大人になるにつれ、彼女が「女性」として成長するにつれて、自分の女性らしい身体を含め、女性性に対する抑圧や置き去りになった感じ、持て余す感じ、葛藤を感じ始めたのではないかと想像してみたりするのです。

そういった辺り、ふとニキ・ド・サンファルのことを思い出しました。ニキは自分の抑圧された女性性を肩代わりするオブジェをライフルで射撃するという過激なパフォーマンスで、自らの女性性の解放を目指しました。彼女自身も厳格なカソリックの家庭に育ったといいます。暴力を外側のオブジェに向けるのか、自分の身体そのものに向けるのかの違いはありますが、暴力的なパフォーマンスによって極限の状態に追い込むことでしか、彼女達の女性性は解放できなかったのではないか、と思います。

夢の家にも、彼女の作品集が多数置かれていて、自由に閲覧できるんですが、マリーナさん、けっこう血だらけになってます。当人に会う前にこの作品集を見たら、そりゃあ「怖い」わな。納得。

彼女は、アーチスト、パフォーマーなので、もちろん自分を表現する強さを持った方だと思うんですが、一方でとても献身的な面も持っている方だと思います。彼女の名を一躍有名にしたパフォーマンスが1974年にナポリで実施された「リズム0」というもので、これは、6時間の間彼女が観客に自らの身体を差し出すというものだったのだそうです。傍らには彼女に快楽、あるいは苦痛を与えるであろう76のアイテムが用意され、そのアイテムをどんな風に使っても自由、彼女は完全なる「オブジェ」と化し、観客がどんなことを自分の身体に施しても抵抗せず、オブジェに徹したのだそうです。

最初は、おだやかな空気の中で実施されていたこのパフォーマンスの様子が急変したのは、一人の観客が彼女の着衣にはさみを入れたところからだったのだそうです。彼女の服は切り裂かれ、肌は傷つけられ、最終的に、銃弾の入ったピストルをこめかみに当てられ、彼女は脅されたのだそうです。彼女の身の危険を感じた別の観客によってこの行為は止められ、2人は彼女の前でケンカになりました。彼女が味わった恐怖はとてつもなく、このパフォーマンスが終わった時には、彼女の髪の毛は一筋白髪になっていたそうですが、それでも彼女は自分からはこのパフォーマンスから逃げ出すことはなかったのです。

私は、このエピソードを聞いて、「マグダラのマリア」という言葉を思い出しました。彼女は神に肉体を捧げたキリストと対の女性なんですね・・・・ここにも、深い宗教的な背景を感じたりもします。

そして、彼女が肉体を含め、彼女の何もかもを差し出して求めているもの、探求しているものは、人と人の間の信頼、絆なのです。
彼女のホロスコープからも興味深いことが見いだせるのですが、これはまたの機会に。


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by sound-resonance | 2017-09-11 20:20 | 観る・読む・聴く | Comments(0)