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よいお年を!

前回は「ロウ」のせいで、年末なのに、ちょっと怖い方面の話になってしまいました・・・なんでも「勇気ひとつを友にして」は、音楽の教科書にも掲載されている(いた?)のだそうで、なんだかそのこと自体もちょっと怖いな、と思ってしまいました。ギリシャ神話に新しい解釈を加えることそのものは自由ですが、イカロスの神話の一般的な解釈とは違う部分で影響力の強い教科書に掲載されるというのは、どうなんだか・・・・いずれにせよ、ひとつのストーリーをどう解釈するか、その決定権は自分であってほしいですね。

さてさて、そんなこんなで、あれこれとその時々に興味のある話題を気まぐれに取り上げながら、今年も残りわずかとなりました。今年のブログはこれでおしまい。このブログを定期的に読んでくださった方、特定のトピックで偶然このブログを見つけてくださった方、1年間どうもありがとうございました。

来年は干支でいうと戌年みたいですが、今なぜかうさぎが気になっています。なぜ、今、うさぎ?なぜにうさぎ?という感じではありますが、仏教の自分の身を捧げるうさぎの説話から、セーラームーンの月野うさぎまで、幅広くなんだか気になっている次第。ま、気になること、探求したいことがある、というのは私にとっては幸せなことなので、気の向くままに探求したいと思っています。

では、みなさま、よいお年を。来年は3日頃からブログを再開したいと思っております。来年もよい年でありますように。



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by sound-resonance | 2017-12-29 10:07 | その他 | Comments(0)

ちょっと怖い歌

先日記事にした再生したろうそくなんですが、早速使ってみると、ちゃんとろうそくとして火が灯り使えました!が、やっぱり芯がかたよっていたので、ロウの溶け方が偏ってしまい、芯が燃え尽きるまでにロウがたくさん残ってしまいそうです。ま、また再生すればいいんですが、色を混ぜてしまったので、煮とかしたらとんでもない色になりそう(笑)再生はある程度のろうそくの残りがたまらないとできないので、次の再生まで時間があきそうですが、いろいろと試行錯誤してみたいと思います。

ま、それはいいんですが、ろうそくに火を灯すのは好きなんですが、「ロウ」という言葉はほんのり怖いです・・・・たぶん理由は2つあって、ひとつは「ロウ」という言葉で「蝋人形」を思い出してしまうから。

随分昔ですが、若い頃どこの国だったか忘れましたが、ヨーロッパ方面を一人旅している時、あまりにも暇だったのでなぜか蝋人形館に入ってしまい、えらい目にあいました。中は暗く、入った瞬間に後悔したんですが、後のまつり。人はまばらで、私の前にカップルが歩いていたんですが、くっついて歩くわけにもいかず、ひとつの部屋から次の部屋に移る度にドキドキ。

私が蝋人形館に入ったのは後にも先にもこの時一度きりなので、私の入ったのが一般的な蝋人形館なのかは定かではありませんが、暗い歴史的場面の連続で、基本的にこういう類いの施設って、「怖がらせる」ためにあるのだな、ということを痛感しました・・・・(笑)

ちなみに、館内で、日本人が2名いましたが、誰だと思いますか?


正解は、一人目は、オノヨーコさん、そして、二人目?は、腹切りの侍でした・・・・この日本人二人がとなりあわせに無造作に置いてある・・・シュールすぎる風景・・・ざっくり日本のイメージってこうなんだ、と痛感させられもしたんでした・・・(笑)


怖い理由のもうひとつは、「勇気ひとつをともにして」という歌。NHKの「みんなの歌」で子どもの頃ラジオからこの歌が流れてくる度にものすごく怖い思いをしていました。今でもタイトルを書くだけでも怖いです・・・ギリシャ神話のイカロスの話を題材にしているこの歌、イカロスがロウで固めた鳥の羽で大空に飛び立つものの、太陽に近づきすぎてロウが溶けて落下して死んでしまう、このくだりが超怖かった、しかもこのイカロスの行為が「勇気あるもの」として語られているのが、子ども心にもなんだか変だなという違和感があり、余計に怖かったのだと思います。

歌の意図としては「勇気」の部分だけを受け継げという意味なんでしょうが、勇気出して、ロウで固めた鳥の羽で飛んでみろ!と言われているようなそんな気分になりました。え!?落ちるのに!??みたいな・・・・・うちの家は朝からNHKのラジオを流している家だったので、みんなの歌でこの歌が取り上げられていた期間中朝から半強制的にこの歌を聞かねばならず、かなりのトラウマを背負うことになりました・・・

この歌を怖いと思っている人って案外多いみたいで、ネットで調べてみるとトラウマ曲のかなりの上位に上がってきます。そうか、みんな怖いと思っていたのね。

無鉄砲さが時に新しい風を運んでくることもありますが、それは「勇気」とは関係のないことだと思います。熱が加われば、固化していたロウは溶け出す、そのことを十分に理解した上で、ぎりぎりのかけに出たのであれば勇気かもしれないけれど、イカロスは忠告をきかずに翼と自分の力を過信しただけなので、それは勇気とは言えないのです。

しかし「ロウ」という言葉で、ウン十年前のトラウマがよみがえってくるとは・・・・感情面に直接訴えてくる、歌って本当に影響力が大きいですね。


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by sound-resonance | 2017-12-27 20:25 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

再生してみた!

キャンドルの光が好きです。
停電とか非常事態でなくても、キャンドルを部屋の中でよく灯したりします。ま、毎日ではないですが、アロマの香りを拡散させるでもなく、電気もつけたままでただろうそくの光というのか炎が好きだという理由だけで延々と灯していたりするので、無意味きわまりないんですが、なんだか不思議と炎がゆらゆらしているだけで、心が落ち着くというのか、「あ、なんか生きてるな」という感じがします(笑)

キリスト教、仏教など様々な宗教の世界でも、ろうそくの炎は光の象徴として大切にされてきました。宗教的な儀式の際にはたいていろうそくの光が灯されます。防災の関係で、電子キャンドルも普及してきましたが、やはり生の!?炎のゆらゆら感は格別ですね。私も電子キャンドルを持っていて、炎のゆらゆら感も再現したなかなかの優れものではあるので、目を離さないといけない時間にもろうそくを灯していないといけないような場合などは使ったりもするんですが、可能であれば、本物のろうそくの方が断然いいな、なんて思っています。

昨日から今日にかけてのクリスマスの教会のミサやなんかでも、ろうそくの光がたくさん灯されていたのでしょうね。

ろうそくは芯がなくなると火が消えてしまうので、ロウを使い切るのはなかなか難しいです。どうしてもロウが残ってしまう。残ったロウを捨ててしまうのもなんだかもったいな、と思い、残ったロウを集めて、ろうそくを再生してみました。

この子がどう生まれ変わりますやら・・・
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《用意するもの》
ロウの残り
つまようじ
たこ糸
わりばし
紙コップ
パステル(+茶こし)
耐熱グラス
なべとボール

《作り方》
まず、ろうそくの芯を作ります。たこ糸が家にあったので、私はタコ糸を使いましたが、ティッシュや半紙でこよりを作ってもいいみたいです。今回は、タコ糸を2本、3本とよじった上で、つまようじに芯を結んで土台?を作ってみました。

次に、残ったロウを湯せんで溶かします。ロウが溶けた時点で残った芯は取り除いておきます。そして新しく作った芯をロウに浸してロウをしみこませておきます。ロウをしみ込ませた芯は、割り箸ではさんで、耐熱グラスにセットします。
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今回は、透明の耐熱グラスを使ったので、色があっても綺麗かな、と思い、色のグラデーションをつけてみることにしました。ということで、パステルを茶こしを使って削り粉にしたものを紙コップに用意、そこに湯せんして溶けたロウを入れ、よく混ぜた上で、耐熱グラスの方に注ぎます。色をつけるために使うのは通常はクレヨンがいいみたいですが、クレヨンがなかったので、今回私はパステルを使いました。

耐熱グラスに注いだロウが冷めて固まったら、次の色のロウを入れる、この作業をくりかえします。
完全に冷めたら、芯を適当な長さに切って、できあがり。水色の方は、なんだか芯がかたよっちゃってますが、これもご愛嬌。というのか、芯、これで足りるんだろうか。この辺りは今後試行錯誤する感じですかね〜。

今回はパールトーンのパステルを使ったので、淡い感じの色合いになりました。まだ実際に火を灯していないので、どんな感じで燃えるか定かではありませんが、鮮やかな色をつけたかったら、やはりクレヨン等を使う方がいいかもしれません。ちなみに、完全にロウが固まる前に次の色を入れるとマーブル状になるかもしれません。その辺りも、今度試してみると面白いかも。
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ちなみに耐熱ガラスの器は100均(セリエ)で購入しました。100均ってしょっちゅう行くわけではないんですが、ホントにいろんなモノがそろっていますね〜。最近はハンドメイドもとても流行っているようですが、極めようと思うと100均の商品では心もとないでしょうが、ちょっとお試し、みたいな時にはとても便利です。最近では有名なブランドとのコラボなんかもしているらしい。どこまで進化する100均!?安い分、どこかで買いたたかれている人がいるんじゃないか、と思い、なかなか複雑な思いもありつつ、賢く使いたいもんですね。


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by sound-resonance | 2017-12-25 20:29 | 音・色あれこれ | Comments(0)

サンタさんの服はなぜ赤いの?

いよいよ年末に突入ですね!月日の流れるのが早く感じられるようになったのは、歳をとったから、と思っていましたが、どうもそれだけでもないような、そうでもないような・・・最近では子どもでさえも、月日が経つのが早くなったと感じているようなので、年齢とは関係なく、ホントに月日の流れが早くなっているんじゃないか、そう思ったりもする今日この頃、クリスマスに向けて準備で忙しい方も多いかもしれませんね。

クリスマスといえば、サンタクロースが持ってきてくれるプレゼントを楽しみにしている子ども達も多いかもしれません。本当は子どもにだけ訪れるサンタさんを待ちわびたり、自分が素敵なサンタさんになろうとしている大人もいたりして。

サンタクロースというと、小太りで、白いヒゲをはやしていて、ニコニコしていて、赤に白いファーの縁取りのいわゆる「サンタ服」を着ているのが当たり前というか定番になりましたが、そもそもサンタさんはなぜ赤い服を着ているのかな、と思ってちょっとググってみると、清涼飲料会社であるコ○・コーラ社が自社製品のイメージカラーである赤と白の服を着せたサンタクロースを広告に使用したことが起源であるという都市伝説があるようですね。

1931年に、かの会社が赤と白の衣装のサンタさんを広告に使用したところから、製品とともに赤と白の衣装を着たサンタクロースが全世界に爆発的に広がっていったというのは事実みたいですが、赤と白というのはコ○・コーラ社の発明ではなくて、それ以前から赤と白の衣装を着たサンタさんは存在していたようです。サンタさんの原型は貧しい人を助けた聖ニコラウスで、聖ニコラウスは司教さんなので、司教の着用していた赤いガウンが現在のサンタ服の原型となっているようです。

ちなみにこの司教さんのガウンの赤は、自分を犠牲にしてでも、人を助けるという誓い、すなわち自分の流す血の色を表しているのだとか。うーむ、そう言われてしまうと、なんだかちょっと怖い感じもありますが、そういった部分は綺麗に覆い隠されて、小太りの福々しいサンタさんが清涼飲料の広告に起用され、製品とともに広がり、子どもにも、大人、特に女性にも愛される、むしろかわいらしいイメージで定着していきました。現在私たちがイメージするサンタさんって、アメリカ発信のサンタさんといえるかもしれませんね。そして、赤と白のサンタさんと共に、「家族で過ごすクリスマス」のイメージも広く浸透していったのです。

去年も、この時期に「キリストの誕生日はホントに12月25日なんだろうか」みたいな記事を書いていて、クリスマスが嫌いなの!?みんなが盛り上がってる時に無粋な奴め、なんて思われてしまうかもしれないな、と思いつつ(笑)、そういうことでもなくて、人が「こうだ」と信じているものの根拠って、案外歴史が浅かったり、そんなもんなの!?みたいなことも多いのが面白いな、と思っている次第。赤い服のサンタさんが「当たり前」になって、まだ100年にも満たないのです。100年先、いや、時間の流れが早くなっているので、もしかしたらほんの10年先には、クリスマスといえば一人で某所にこもるのが定番っしょ!みたいになっているかもしれません(笑)そこには、何らかの仕掛人が潜んでいるんでしょうが・・・

時にはトレンドに乗ってみるのも楽しい、みんなで楽しむ時間というのはかけがえのないものですが、踊らされているだけ、振り回されているだけっていうのもつまんないな、と思うのです。もしも、周りの習慣、イベントを心から楽しめないのであれば、自分の信念を作ってみる、自分のスタンダードを作ってみるのも楽しいかもしれませんよ。


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by sound-resonance | 2017-12-23 21:12 | 音・色あれこれ | Comments(0)

静かな時間

個人的には、特定の宗教の信者ではない、あえていうと、無宗教な感じなんですが、よく神社や教会には行ったりします。それって信心深いという意味ではなくて、何を求めているか、というと「静けさ」なのだと思います。「静か」だという意味で、美術館とか図書館も好きなんですが、時代の流れで、美術館も図書館も必ずしも「静か」な場所ではなくなりつつあり、神社や教会が文字通り最後の「聖域」だな、と思うこともあります。

時間があるとたまに行ったりするのが、玉造の「聖マリア大聖堂」。日本画家の堂本印象さんの「聖母子」の壁画があります。


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ここの聖母子像は、日本画家が描かれたということもあるんでしょうか、とても和風な感じの聖母子です。
西洋的な聖母マリア様がブルーのケープ(マント)をまとっている姿で描かれることが多いのに対して、ここのマリア様は、錦のような衣をまとっておられます。菊、桜、紅葉など様々な植物が着物の柄として描かれています。特に朱色が和な感じを強調している感じです。朱色をオレンジ色と言ってしまうには語弊がありますが、ブルーとオレンジということでいうと補色関係なのも面白いな、と思います。

お顔はすっきりとした理知的な感じで、優しげに描かれていることの多い西洋のマリア様に比べてやはりちょっと超越した感じ、仏顔に近い感じがするのも、日本画ならではだな、と思わせるところがあります。聖母子像の傍らには、玉造に縁のあるキリシタンである高山右近と細川ガラシャが描かれています。壁画には高山右近や細川ガラシャが生きた安土桃山時代の文化・風俗が反映されているのだそうです。

堂本印象さんは、ヨーロッパ各国の聖母子像を見て、作家がそれぞれの理想を絵の中のマリア様やキリストに託していることを発見し、日本には日本の聖母子像があってしかるべきだと信じたことからこの壁画を制作されたのだそうです。

他にも、こういった和風なマリア様が描かれた教会があるのかもしれないし、外国に行くと教会にはよく行くものの、日本に存在する教会の中にはあまり入ったことがないことに今さらながら気づいたんですが、個人的には最初にこの聖母子像を見た時、題材が洋、表現が和の和洋折衷な感じが斬新で、強烈な印象を受けました。背景が金箔、マリア様の衣装で目立つ色が朱色、とどちらかというと暖色系でまとめられている絵なんですが、この壁画に向かい合っていると、心がしんと落ち着いてくるのが不思議なところです。

でもそれは、教会全体の圧倒的な静けさの影響が大きいんでしょうね。ミサの時間には信者さんが集まってこられるんでしょうが、普段の教会にはお祈りに来られている方が数人いらっしゃったりはしますが、ほとんど人がいません。たまにシスターが用事で顔を出されても、祈りを邪魔してはいけないということでしょうか、いい意味でほおっておいてくださいます。

もちろん都会の中の教会なので、外の通りを行き交う車の音などは聞こえてくるんですが、人の声がしないというのが大きい。こういった静かな空間が一般に解放されているというのは本当にありがたいです。この静かな空間がいつまでも守られるよう願ってやみません。

さて、明日は冬至ですね!冬至といえば、かぼちゃを食べたり柚子湯に入ったりが恒例ですが、太陽の光の一番少ない日、太陽の光を浴びた作物でオレンジ色の光をいっぱい取り込みましょう。オレンジ色は、気持ちをリラックスさせ、豊かさをもたらしてくれますよ。
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by sound-resonance | 2017-12-21 21:21 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

ブルーでライトなヨコハマ

ひょんなきっかけである歌のフレーズが頭の中をぐるぐるして離れなくなるということがありますが、先日青色LEDのイルミネーションの話を書いて以来「ブルー・ライト・ヨコハマ」のメロディーが頭の中をぐるぐるして少々困っております(笑)

といっても、今の若い方はピンと来ないかもしれませんが、一応関西人の私、「街の光が、とても綺麗ね、ヨコハマ♪・・・・って、ここヨコハマちゃうしっ!」みたいな一人ボケ、ツッコミを何度も繰り返しております・・・一体この一人ボケ、ツッコミを何回繰り返したらこの「ブルー・ライト・ヨコハマ」の呪縛から離れることができるのか・・・・ま、悩んでいても仕方がないので、ここはぐいっと「ブルー・ライト・ヨコハマ」に詳しくなってやろうじゃないか、ということで、ちょっとググってみると、この曲って、1968年の12月25日に発売された、ある意味クリスマスソング!?とまでは言えないかもしれないですが、ウィンターソングなんですね。

さきほど、若い人にはピンとこないかも、と書きましたが、2009年に横浜市が開講150周年を記念して「ご当地ソングアンケート」を取ったところ、2位の「赤い靴」を大きく引き離して、ダントツ堂々の一位になったというから、今の若い世代にもけっこう知られた歌謡曲なのかもしれません。

作詞者の橋本淳さんによるとこの曲のイメージは「港の見える公園」から見える横浜と川崎の工業地帯の夜景と、カンヌ(フランス)の夜景の美しさを重ね合わせたものなんだそうです。カンヌの空港は滑走路が海に突き出ていて、海から陸地に向かって降りていく飛行機の中から見た夜景、海の青さに、強烈に心を奪われたのだとか。

それと、もうひとつ、ニューヨークの美術館で見たピカソの青の時代の絵画にも強烈な印象を受けたのだそうです。

しかしながら、曲の作られた当時の横浜の夜景は、カンヌの夜景のブルーやピカソのブルーとはかけ離れたものだったのだそうです。その寂寥感、それでもほのかにそこにある刹那でささやかな幸せにスポットを当てるようなイメージで生まれた歌だったんですね・・・横浜の街は、1968年当時から青色の光に彩られていたのかと思いましたが、そうではなく、むしろ、心象風景としての「ブルー」だったのかもしれません。

しかし、「ブルー・ライト・ヨコハマ」の背景に、カンヌとピカソが潜んでいたとは・・・ちょっとびっくり。

それにしても、日本三大夜景にも入っていないのに、この曲のせいで、ロマンチックな夜景の美しい街、みたいなイメージのある横浜。カップルで行くのももちろん、傷心の一人旅にも似合いそうな、そんなイメージがあるのは、やはり「ブルー」故でしょうか。1つの曲の与える影響って、大きいですね。


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by sound-resonance | 2017-12-19 21:57 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

射手座の新月

寒いですね!すっかり冬になりました。先日遅くまで働いて寒い御堂筋を一駅とはいえ、歩いたからでしょうか、のどが痛く風邪気味・・・・うーむ、やっぱり無理はしてはいけないなあ、と実感。結局年末の様々な雑用がちっとも片付きません。とほほほほ。

それはさておき、今日は新月のお話です。今年最後の新月は、12月18日(月)15時30分ごろ、射手座の位置で迎えます。この日は、太陽、月の他にも、土星、水星、金星も射手座にあって、射手座祭りな感じの星の配置ですね。

サビアンシンボルでいうと、射手座の27度「彫刻家」というものになります。こう・・・自分の意志を刻印していく、何かに刻み付けていくようなそんな感じのシンボルですね。例えば、その対角にある双子座の表現方法が、どちらかというと、自らの口、だったりするのに比べて、射手座の表現方法は何かしら道具を使ったり、外側の何かを使って自分を表現するような、そんなイメージがあります。

射手座というと、元素としては火の星座ですが、それは「コンロの火」と表現されたりします。例えば同じ火の星座である牡羊座の火が稲妻、獅子座の火がキャンプファイヤー、と言われるのに対して、コンロの火。柔軟宮ということもあり、小回りがきくというのか、その場の状況に応じて火力を調節、うまく使えば何かを造り出すことのできる火、なんですね。自分の身体を使って表現していく、訴えていくというよりも、出来上がったモノで見てくれ、みたいなそんな感じなんでしょうか。

射手座の方にとっては、文字通り、何かを刻んでいく、自分の意志や思いを刻み込んでいく、そんなきっかけの日となるかもしれません。射手座以外の方にとっても、何か表現したいと思っていること、心の中に何かしらの思いがある場合には、それを外側に押し出す方法として、創造的な何かを探してみるといいかもしれません。タイミングとしては、年末年始に突入する忙しい時期ではありますが、何かしら、時を忘れてのめりこめるものに、会えるかも。

いずれにせよ、寒くなりました。のめり込める何かに出会っても、くれぐれもあったかくすることを忘れずに。


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by sound-resonance | 2017-12-17 20:29 | 星読み | Comments(0)

ブルーライト、ブルーウィンター

毎日寒いですね。私は寒いのが苦手なので、寒い季節になると、どこにも出かけたくない、出なくてすむものなら極力外に出たくない、家にひきこもりたい派なんですが、そうもいかず、外に出ると、街は特に夜になると、クリスマスに向けて、イルミネーションに彩られているのが目につく季節になりました。

クリスマス、またそれを迎えるまでの12月の夜のライトって、昔は赤と緑っていうイメージが濃かったような気がするんですが、1990年初頭に青色のLEDが発明されてから、色彩の物珍しさも手伝って、急激に街中で青い光を見る機会が増えましたね。経済的で発熱が少なく、樹木にも優しいということで、街路樹に電球をまきつけるようなイルミネーションにも多く使われています。

大阪のシャンゼリゼ(!?)御堂筋のライトアップ(淀屋橋〜本町周辺)。


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ブルーの光が美しいです。御堂筋は「いちょう並木」とも呼ばれていて、秋には、いちょうの葉っぱの黄金色が綺麗なんですが、冬はこんな感じでブルーの光に包まれております。

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青は、温度を感じさせない色なので、寒い時期に青い色を見るとなんだか寒々しいような気もするんですが、LEDの光も温度を感じないという意味で未だかつて見たことがないような不思議な光、不思議な色彩のような感じがします。寒々しいというよりは、なんだか不思議と心が落ち着くような感じ。メランコリーな感じもするけれど、なんだかひたすらにしんとした静かな感じ。青色LEDが登場した1990年代のはじめというと、ちょうどバブルのはじけた時期とも重なっていて、ひたすらにぎにぎしい乱痴気騒ぎのような明るいバブルの時代が沈静かしていく時代にも合っていたような気もします。

遅くまで働いた後、一駅分だけ御堂筋を歩いて帰りました。寒かったけど、綺麗で、不思議と心の落ち着いた、ある日の夜でした。


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by sound-resonance | 2017-12-16 00:52 | Comments(0)

琵琶湖周航の歌とひつじぐさ

先日、といってももう2ヶ月近く前の話になりますが、滋賀県の琵琶湖に浮かぶ竹生島にお参りした際、近江今津駅から観光船乗り場までの途中に「琵琶湖周航の歌記念館」というものがあったので、お参りの後、帰る途中に寄ってみました。「琵琶湖周航の歌」というのは、なんでも大正時代から歌い継がれている学生歌で、滋賀県の人にとっては、滋賀県歌よりもポピュラーなご当地ソングなんだそうです。

そもそもは、大正時代第3高等学校(今の京都大学)のボート部が、琵琶湖周航を行った際、部員であった小口太郎さんが作った詩を当時学生の間で流行っていた「ひつじぐさ」というメロディーに乗せて歌ったのが始まりだったのだとか。

その後、学生歌として、学生の間で歌い継がれていましたが、第2次世界大戦後、多くのプロの歌手によって、レコーディングがされ、特に、1971年に加藤登紀子さんがカバーしたレコードが大ヒットし、全国的に有名になったのだそうです。


といっても、もう半世紀近く前の話で、さすがに私も当時のことは知らないし、関西に住んでいても、そんな歌、あったっけな、という感じだったんですが、確かにメロディーを聞いてみると、なんとなく聞いたことがあるような気もします。まあ、滋賀県歌よりもポピュラーなご当地ソングといっても、若い年代の方は知らない方も多いようです。

元々は、歌詞ができる以前から存在した「ひつじぐさ」という曲を拝借して歌ったことから始まった「琵琶湖周航の歌」ですが、歌い継がれていくうちにアレンジがなされ、原曲の「ひつじぐさ」とは若干異なったメロディーに収まっていったようです。記念館には、元々の「ひつじぐさ」のメロディーの楽譜もありましたが、確かに今歌われている「琵琶湖周航の歌」の方が、歌いやすくなっているというか、親しみやすい感じになっているな、という感じがしました。

「ひつじぐさ」の作曲者は、吉田千秋さんという方ですが、作曲者が誰なのかは戦後不明になっており、それが明らかになったのは、つい最近、平成5年(1993年)の事なのだそうです。

驚くのは、作詞の小口太郎さんも、作曲(原曲)の吉田千秋さんも、20代という若さで亡くなっていること。お二人とも、こんなに長きにわたって、しかも全国的な知名度をもって歌い継がれていく歌になるとは思ってもみなかったんでしょうね。

ちなみに、「ひつじぐさ」は唯一の日本原産の睡蓮。「ひつじどき(午後2時ごろ)」に咲くから「ひつじぐさ」と名付けられたそうですが、実際には午前中に開花し、夕方まで咲いているそうです。琵琶湖周航の歌記念館の前でも栽培していますが、実際私が記念館を訪れた夕方16時頃でもまだ花が咲いていました。今では輸入ものの睡蓮に押され、ひつじぐさを見ることのできる場所も少ないそうですが、日本原産の睡蓮が、気軽に見れるようになるといいですね。
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by sound-resonance | 2017-12-13 20:18 | 音・色あれこれ | Comments(0)

エアポケット

寒くなりましたね!
うかうかしているうちに、早くも12月も三分の一が経過、最近では年賀状の需要が大幅に減っているようで、スーパーやなんかにも郵便局員さんが出張販売に来られているのが視界に入りつつ、自分も年賀状を書かなくちゃという発想が全くなかったんですが、考えてみたら量こそ少なくなったものの、書かなくちゃ、は書かなくちゃ、なわけで、何も用意できてない、いつ書くんだ!?とにわかに大慌てな感じ。
一日オフで家におこもり、はいいけれど、「聖なる予言」なんて読んでる場合じゃなかったな、と今さら焦っても後の祭り。

実のところをいうと、おこもりに加速度がついて、次の日も用事をキャンセルしてまでおこもりして無駄な一日を過ごしてしまったんですが、先生も走るという慌ただしい師走の季節にやることじゃなかったな、と若干反省気味の私でございます。

年賀状というと、最近は行き来する数が圧倒的に少ないので、インクジェット用ではない方の無地の年賀状を買って、一枚一枚手描きをするのが恒例となっているのですが、今年はなんだかそんなアイディアもわいてこない。いつもはあの真っ白な空白が大好きなのに、今はそうでもない。スランプというのでもないんですが、なんだか巨大な「無」の世界に落ち込んでしまったような、そんな感じでもあったりします。

エアポケットとでもいうんでしょうか。欲しいものも、行きたいところも、強烈に引きつけられるものが、ない。無欲、といえば聞こえはいいんですが、都会で日々生息するには一定程度の「欲望」も必要だな、と思ったりもする次第。「空白」ということでいうと、携帯電話こそスマホに換えたものの、私は手帳が好きで大きめの手帳をたいてい持ち歩いているんですが、予定がぎっしり入っていないと不安だった時期がありました。スケジュールがぎっしりつまっていて、予定を調整しようとすると一ヶ月先まで予定が合わないということもあったり。予定で真っ黒な手帳を見て「何かを意義のあることをやってる感」、「意義のある人生を送っている感」を確認していたような気もします。

時代もあるんでしょうが、今はそんなことはなくて、私との予定はかなり簡単に合わせられるんですが(笑)、予定をぎっしり埋めないといけないのかな、みたいな強迫観念もまだちょっと残っていたりなんかします。なので、一日オフの日は、「何か意義のあることをしなければならない」と思って焦ってみたりもするんですね。何もしないでいい日があるのは、まだ追いつめられていない証拠。何もしないでいい日には何もしなくていいのかもしれません。ま、追いつめられたら、どうしてもやらないといけないことはやらざるをえないですもんね。

それにしても、子どもの頃は、夏休みの宿題は計画を立てて毎日きちんとこなし、早めに終わらせて、夏休み後半は優雅に遊ぶ優等生だったのに・・・・大人になってぐうたらになったのか、予測不可能な要素が大人になって増えたのか、後者の理由でぎりぎりまで追いつめられないとできない性格になったということにしておこう・・・・
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by sound-resonance | 2017-12-11 21:30 | 音・色あれこれ | Comments(0)