歓喜のうた!

月日の経つのは早いもので、明日から、もう12月ですね。
とある公園に赴いた際、音楽ホールの前で、聞こえてきた合唱の練習を聴いて、ああ、年の暮れだなあと思った次第。ベートーベンの第9の第四楽章、「喜びの歌」のサビ?の部分、「ミミファソソファミレ、ドドレミ、ミ〜レレ♪」っていうあの部分ですね。

でも、海外では、特に第9は年の暮れとは結びついていないようで、「年末=第9」が恒例なのは、日本だけの風潮のようです。

日本で最初に「第9」が演奏されたのは、1918年当時、徳島県にあったドイツ兵捕虜収容所で、捕虜達によって演奏されたものなのだそうです。一瞬、捕虜が音楽会?と思ってしまいますが、収容所といっても、捕虜に対しては、手荒な扱いはせず、「祖国のために闘った勇士」として扱われ、ある程度の自由はあったみたいです。ここでは詳しくは描きませんが、第9のテーマって、既存の宗教とか垣根を超えていこう、みたいな人類愛みたいなものがテーマとなっているので、捕虜達がこの曲を選んだというのは、なんだか示唆的ですね。収容している側とされる側の間にあった友愛みたいなものに対する感謝の念が現れていたのかもしれません。

そんな第9が、どうして、日本で、年末に第9が盛んに演奏されるようになったのか。調べてみると、どうも、経済的な理由が大きいらしいです。第9は知名度があって、お客さんの入りが見込める楽曲。合唱付で、ソリストだけ用意すれば、合唱部分は学生などに頼むと、出演料が安く抑えられる上に、合唱で参加する人達の知り合いなどがチケットを買ってくれて、チケットがよく売れる、そうすると、貧しいオーケストラが、年を越すための資金が稼げる、と。今は、年を越すことは、昔と比べると、「イベント」ではなくなってきていますが、昔は、年越しの食料や晴れ着等々、物入りな季節だったんでしょう。なかなかに、切実な理由があったんですね〜・・・・・

そのうちに、素人の合唱団のみなさんにとっても、「年末の第9に参加する」というのは、西洋の文化に触れ、ちょっと自分がグレードアップするような高揚を得られる「目標の歌」となっていき、「年末=第9」の構図はどんどん補強されていったわけです。

もしかすると、あるのかもしれませんが、私が今まで聴いた中では、年末といえども、原語以外の合唱、例えば日本語訳で歌っているような「歓喜の歌」は聴いたことがありません。原語ってドイツ語だと思うので、普段ドイツ語を使っていない人にとっては、難しいと思うんですが、そこは「カタカナ読み」でルビをふってでも、ドイツ語で歌う、そのことに意義があるんでしょうね。

最初は経済的な切実な理由からだったとしても、明るい喜びのエネルギーに満ちたこの曲だったからこそ、日本の年末に定着したのでしょう。いろいろあったけど、歓喜の歌ですべてよし、チャラにして、エネルギーチャージして、次の年を迎えるぞ、みたいな。クライマックス!みたいな気分も味わえますもんね。でも、年末と第9が極東の国で定着しちゃった現象、当のベートーベンはどう思っているのでしょうね。「違〜う!!」とか天国で叫んでたりするのかな(笑)それとも、自国を飛び出して、当初は思いもおよばなかった独自のイメージの変遷を遂げた我が楽曲の「垣根を越えた感じ」に満足しているの、かも、しれませんね。
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by sound-resonance | 2015-11-30 23:18 | Comments(0)