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翡翠の色

みなさま、あっという間に遠い昔になってしまった、先日の体育の日を含む三連休、いかがお過ごしでしたか?私は、京都のみやこめっせで開催されていた「石ふしぎ大発見展」をのぞきに行っておりました。ここのところ、なんだかんだと他のことに気を取られていて、私が石好きだということをちょっと忘れていたんですが、見てしまうとそれはそれで自分が石好きであることを再認識するわけで、いそいそとアクセサリーなんぞ購入して、それなりにほくほくした気持ちになったりして、やっぱり綺麗な石はいいなあ、と思ってみたりなんかしたわけですが、そこで、ちょっと(私にとっては)面白い石の色にまつわるお話を聞いたので、ちょっと書いてみたいと思います。

2016年9月に「国石」に選定された「翡翠」。翡翠というと、一般的には緑色を思い浮かべる人が多いかと思いますが、純粋な「翡翠輝石」は白い色をしていて、そこに不純物が混じることで、色がついているように見えます。例えば、緑色の翡翠であれば、その色は白色の翡翠に「鉄」分が混じることに起因します(オンファス輝石)。ということで、いろいろな「不純物」が混じった色々な色をした翡翠が存在します。

緑色の他に、ラベンダー色(薄い紫)の翡翠もあって、この色はチタンに起因するそうです(日本のラベンダー翡翠)。
で、緑色やラベンダー色よりも希少な青い翡翠というのもあるんですが、この色は、鉄とチタンの両方を含むことから、生まれてくるのだそう。

鉄→緑 チタン→ラベンダー 鉄+チタン→青

ん?

一瞬こんがらがりました。ラベンダー(紫)色というと、割合こそあれ、赤+青でできるはず。そこに、緑が混じって、どうして、青だけが残っちゃうんだろう・・・・!??
普段、印刷物を見て「色」を感じることが多いので、ついつい「色」の三原色を「赤・青・黄色」と思いがちなんですが、これって、光の三原色(赤・青・緑)で考えるとつじつまがあうのかも。

それぞれの色の割合、分量にもよるのかもしれないけれど、鉄の緑と、チタンのラベンダーが両方あると、ざっくりはっしょって言ってしまうと、赤と緑が相殺されて青だけが残る、青い色に見えていても、ホントは、緑も赤も持っているんですね・・・・

それにしても、奈良時代までは、装飾として使われていた翡翠が、それ以降日本の歴史に登場しなくなってしまったのにはどんな背景があったのでしょうね。その辺り、想像力をたくましくして、仮説を立ててみるのも面白いかもしれません。


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by sound-resonance | 2018-10-16 11:11 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

ボンクリに行ってきた! その2

さて、前回の続きです。9月24日に東京芸術劇場で、開催された「ボンクリ」というフェスティバルのお話。

フェスティバルの最後にはスペシャルコンサート(有料)がありました。いろいろと面白い曲があったんですが、前回話題にしたアルヴィン・ルシエさんの「Sizzles」という曲がとてもユニークでした。

東京芸術劇場のコンサートホールには立派なパイプオルガンがあるんですが、そのパイプオルガンを使った音楽。といっても、主役はパイプオルガンではありません。パイプオルガンの前に、大太鼓、小太鼓等々の打楽器が置かれていて、その膜面に「豆」がまかれます。パイプオルガン奏者が登場し、オルガンの低重音を奏でます。その低重音によって、打楽器の膜面が共鳴し、「豆」が膜面の上で踊ります。その音をマイクで集めて、楽しんじゃおうというのが、この曲のコンセプト。すなわち、演奏者は「豆」ってことになるんでしょうか・・・・まあ、豆本人(達)は演奏しているつもりはさらさらないでしょうが・・・(笑)

パイプオルガンの位置が高いので、私たち(聴衆)には豆の様子はわかりません。打楽器の横に係の方が立っていて、豆が動く度に手を上げるので、「あ、豆反応したんだな」とわかる程度。ぶっちゃけ、パイプオルガンの音の方が目立っていて、「豆が演奏した音」がどれなのかも、よく判別できない・・・・(笑)なんだか微妙な気分になる、でも面白い音楽でした。

いやはや、私、パイプオルガンの演奏をちゃんと聞いたことがなくて、常日頃聞いてみたいものだと思っていたんですが、コンサートホールデビューが豆の手助けの音だなんて・・・・・まあ、でも、これはこれでとてつもなく忘れようもない想い出にはなりましたよ(笑)

事前に大掛かりな予行演習(実験)がされて、打楽器が最も共鳴する位置や、豆の種類、パイプオルガンの音の重ね方やなんかが念入りに検証されて本番を迎えたらしいですが、予行演習の時は、聴衆が入っていなかったので、豆が音を奏でるのかどうか、ドキドキだったそうです。無事、音楽が成立して、よかった、よかった。

あと、興味深かったのは、坂本龍一さんの「Cantus Omnibus Unus」という曲。というのか、この曲のライブ・リミックス。この曲そのものは悲しげなとても美しい曲で、東京混成合唱団のコーラスがとても素敵だったんですが、その生のコーラスの録音を使ったライブリミックスがその場で演奏?されたのが面白かったです。ギタリストと、トランぺッターと、アップルのコンピュータの前に2人とアーティスティック・ディレクターの藤倉さん。こういう場面をコンサートホールで見たのは初めてかも。

もうひとつ、いいな、と思ったのが、コンサートホールに入れない未就学の子ども達のための部屋が用意されていたこと。この部屋にはコンサートの様子が同時中継されていて、出入り自由だったみたいです。その名も「スクリームの部屋」、叫んでもよいお部屋(笑)。ここでは、子ども達が音楽を聞いて感じた感情を率直に表現してOKなんですね。

昨今、親子のために様々な場が開放される傾向があって、それはよい部分もあるけれど、大人としてのルールを守れる人のみに許された場所というのが残ってほしいな、と正直なところ思ってもいました。「スクリームの部屋」みたいに、お互いが気持ちよくあれる配慮、が広がっていくと素敵ですね。


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by sound-resonance | 2018-10-13 15:14 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

ボンクリに行ってきた!

最近なかなかブログをアップすることができず記事の更新が減ってしまっているのですが、今日は久しぶりに音関係の話題、先日行ったイベント&コンサートのことを書きたいと思います。

といっても、9月のイベントの話なんですが・・・・もう10月ですね、遅すぎ。
まあ、でも、せっかくなので・・・

9月24日に開催された「ボンクリ」というフェスティバル&コンサートに行ってきました。「ボンクリ」とは「ボーン・クリエイティブ」=「人間は皆、生まれつきクリエイティブだ」という意味で、アーティスティック・ディレクターの作曲家、藤倉大さんが集めた「世界中の新しい音」が楽しめるイベントです。

会場の東京芸術劇場のあちこちで、一日中ミニコンサートやワークショップが開催されていました。ワークショップは、事前申し込み制ということで、私は参加はしなかったんですが、中の様子が中継されていて、モニターで見学することもできました。

「電子音楽の部屋」というのもあって、そこは入退場自由で、一日中いろいろな「電子音楽」が流れているお部屋で、マットが敷いてあるので、靴を脱げばそこに上がってくつろぎながら、電子音楽を楽しむことができるんですが、いやはや、私、初めてまとめて「電子音楽」というものを聞いたような気がします。

中でも圧巻だったのが、ベルナール・パルメジャーニさんの「世界の創造」という曲。3部構成で全部で72分44秒ある大曲なんですが、私全部聞いてしまいました。暇ですね・・・・(笑)なんというのか・・・・ビックバンから、真空の世界に異変が起きて生物が生まれて、それが連鎖して、「現実」が生み出される、みたいな、なんかそんな感じ?世界の創造というよりも、宇宙の創造、という感じの音楽。宇宙が生まれた頃に、どんな音が奏でられていたのかは知るよしもありませんが、本当にこんな「音」がしていたのかもしれません。

参加はできませんでしたが、モニターで見ていて面白いな、と思ったのが「ルシエの部屋」。ルシエというと、「これも音楽なの!??」みたいなイベントを「音楽なんだよ!」と提示する実験音楽の創始者、みたいな人らしいんですが、この部屋では、マイクで拾った人の「声」が部屋に反響して、反響した音をまたマイクが拾って、という繰り返しの中で、「声」の「音」が変わっていく、その響きを楽しむといった「音楽」が「演奏」されておりました。演奏者はマイクに向かって定型の文章を読み上げるんですが、その言語は何語であってもかまわないんだそうです。通常は英語で「演奏」されるところ、今回は「日本語」で演奏されていました。(最後は英語の演奏もありましたが)
「ルシエの部屋」の講師曰く、私たちが「音」を聞くという行為は、すなわち「空間」を聞くということなのだ、とのこと。なるほど。

今回のフェスティバルでは、もうひとつルシエさん作曲?の面白い曲を聴くことができましたが、つづきは、次回につづく♪


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by sound-resonance | 2018-10-10 20:10 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

変態する音楽会

いやはや、9月に入りましたね〜。子どもさんにとっては、夏休みも終わり、新学期が始まり、学校生活が再開して、気持ちを新たにしているのかもしれません。子どもさんのいる専業主婦のみなさんにとっては、子どもが再び学校に登校するようになって、やれやれ、といったところかもしれませんね。私の住んでいる近所には学校が多いんですが、8月中は耳にしなかったチャイム音で、あ、学校が始まったんだな、と改めて気づいた次第。8月中は、暑すぎてかき氷ばかり食べてしまい、かき氷日記と化していた当ブログですが(笑)、今日は(といっても8月に行ったイベントの話ですが・・・)久しぶりに、音と色にまつわる話題を書こうと思います。

先日、8月27日、東京は初台のオペラシティで開催された「変態する音楽会」というコンサートに行ってきました。
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タイトルだけ見ると、なんだか怪しげ、というのか訳のわからない感じなんですが(笑)、従来の耳で音を聴き、楽しむ「音楽」を、例えば視覚や皮膚感覚など、違う感覚でも楽しむことができないか、という問いから、メディアアーティストの落合陽一さんと、日本フィルハーモニー交響楽団がタグを組んで、企画されたコンサートです。演奏される曲目は、いわゆるクラシックの定番なんですが、そこに光(色)や映像といった、「音」以外の感覚に訴える情報が盛り込まれています。

パンフレットには、「感覚の分断を更新する演奏会。身体という物質的な介在を経て感じられるひとつながりの音と光、耳が耳のため、目が目のための分断を超えた音楽をお楽しみください」とあります。

クラシック以外の音楽、例えば、ポップス、ロック、ジャズ等々のライブ(舞台)では、音と光(色、映像)のミックスというのは、今ではそんなに珍しくないように思いますが、言われてみれば、コンサートホールで開催される正統派のクラシックのコンサートでは、確かに、いかに「音」を聴かせるかに特化していることが多いかもしれないですね。楽曲によって、赤、青、緑、紫等々に変化する色の中で演奏するって、交響楽団の皆さんにとっては、普段とは違う新鮮な体験だったのかも。

面白いな、と思ったのは、舞台上のスクリーンに流れていた映像。詳しい仕組みはよくわからなかったんですが、この映像、事前にプログラムされた「既成の」映像なのではなくて、演奏中にリアルタイムに作られたものだったんだそうです。なんでも、演奏中の指揮者のタクトの動きに合わせて手動で映像を作っていたんだそう。1階の客席の後ろの方に、コンピュータのたくさん並んだビジュアル演出エリアがあって、何人もの方が、手動の演出に携わっておられたようでした。

舞台上の色の演出以外にも、限られた席ではありましたが、客席で楽しめる面白い演出があって、ラッキーなことに、私もその中のひとつを今回体験することができました。

「Ontenna(オンテナ)」
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「まるで猫のヒゲが空気の流れを感じるように、髪の毛で音を感じることのできる装置」をコンセプトに、ろう者と恊働して開発されたものだそうです。本来は、髪の毛につけて髪の毛で音を感じるのがコンセプトなんですが、今回コンサート全体の音の中から大きな音を取得して振動と光が発生するように調整したところ、予想外に周りの人の目がチカチカしてしまうくらい光が強く出る可能性があるということで、髪の毛以外の場所に装着して体験することに・・・(笑)

というわけで、コンサート中、手に握ってみたり、鎖骨に当ててみたり、胸元に付けてみたりといろいろ試しながら楽しませていただきました。うん、確かに、音に反応してぶるぶると振動し、チカチカとブルーに発光する・・・んだけど、ちょっと反応が遅いんだな・・・(笑)

演奏された曲が、超メジャー、かつ舞曲など、身体感覚に訴えやすい曲目だったのもあるんでしょうが、なまじ「知っている曲」だけに、身体がOntenna君より先にリズムを取ってしまい、遅れてきた振動情報に、まるで微妙にずれた位置をツボ押しされているような微妙な気分に・・・・(笑)

ま、でも、リアルタイムの「音情報」に反応した「振動&光」なので、タイムラグが生じるのは当たり前なんですけどね。途中からは、Ontenna君という別の人格というのか、物体格(?)の反応を、「お、反応してるね!」みたいに確認しつつ音を共有する、みたいなスタンスで楽しませていただきました。

他にも、サウンドハグという音に反応して、光ったり振動したりする球体みたいなものをかかえて演奏を体験するブースもありました。あれも、面白そうだったなあ。機会があれば、体験してみたいです。

実は、この日は、東京で記録的な雷雨があった日。コンサート中はスマホの電源を落としていたこともあって、そんなことは露知らずコンサートを楽しんでいた私。コンサート終了後、交通機関がのきなみストップしていたのには、困りましたが、幸いなことに雨はやんでいたので、見知らぬ町を一駅分歩いたのもご愛嬌。雨のタイミングがずれていたら、コンサートが中止になっていたであろうことを思うと、ラッキーだったように思います。このような貴重な機会をくださいました「&マガジン」様、ありがとうございました♪

唯一撮影がOKだった休憩時間の様子。燕尾服を着た落合陽一さんと赤い服はサプライズゲストのフラメンコダンサーの永田健さん。かっこよかった。
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by sound-resonance | 2018-09-03 18:39 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

The other wind

暦の上では立春を過ぎ、早くも1週間以上たちましたが、いよいよ寒いですね。大阪でも、外気温1度だとか2度だとか一ケタ代の気温が続いています。今日は特に風も強く寒くて、ロングのダウンジャケットでも太刀打ちできないくらい。こうなったら、最終手段、必殺秘蔵の超ロングダウンコートを出さねばならぬか・・・っていうか、大阪でそこまで防寒ってどうなの!?とも思いますが、私滅法冬には弱いんですな・・・もはや流行遅れらしいムートンのブーツをファッションではなく実用という意味で手放せずにいます・・・・そんなこんなで、極力外出を控え家にこもりがちで、先日の三連休も結局は家でまったりしてしまいました・・・・行ってみたい場所なんかもあったんですが、初日に雨が降ったので出鼻をくじかれた感じです。

というわけで、ルグインの「ゲド戦記」を読み返したりしていたんですが、22日にルグインさんが亡くなった際に4巻目の「テハヌ(日本語版は帰還)」について少し触れましたが、この巻はサブタイトルが「ゲド戦記最後の書」となっていて、ルグインさんも4巻目を書き始めた時には、これが最後だと思って書いていたようです。テハヌとは一体何者なのか、という最大の謎を残しつつ、ゲドとテナーが老いて力を失いながら、「普通の」生活を続けていくというところで「おしまい」だと思っていたらしい。この時点で書かれていたのは現実世界の「今現在」と同じで、この先の未来がどうなっていくのか、というのはルグインさんにもわからなかったのだそうです。

その後、6、7年後に、アースシーを舞台にした物語をまた書かないか、というオファーがあって、彼女は再び書き始めました。ホントの最後の書「アースシーの風」の中で、4巻目でキーワードとなっていた「ゴントの女性」というのが、かつて大巫女であったテナーではなく(テナー本人は最初から私じゃないと否定していましたが)、テハヌでした。テハヌは、ハブナーの王、レバンネンに請われて竜と言葉をかわし、竜が人間達の村を襲うことをやめさせます。そして、自らも竜の姿となって旅だっていくのです。

ところで、ゲド戦記最後の書「アースシーの風」の原題は「The other wind」となっています。日本語訳の段階で、当初はタイトルを「新しい風」としようとしていたものを、ルグインさんが「新しいではない」とコメントしたことから、最終的に「アースシーの風」となったようですが、この「other wind」という言葉も意味深だな、と思ってみたりもします。「別の風」、「他の風」ではタイトルにはなりづらいかもしれませんが、確かに「新しい風」ではないですね。私たちは認識していないかもしれない、注目していないかもしれないけれど、風はこれまでなかったものではなく、すでに吹いていたものなのです。

テハヌは、人間であり、竜でもある存在でした。彼女は人間と共に生き、物語の最後には、竜と共にもうひとつの風に乗って飛んでいってしまいました。この物語の中では、竜と人間は昔同じものだったと語られています。その後、竜と人間は別々の道を歩みますが、再び竜と人間が同じ世界に来る時代はくるのでしょうか。竜の道を選ぶものは「別の風」に乗って飛ぶ必要があるのでしょうか。ルグインさんが時代の変化を感じ取ってゲド戦記の4巻目を書かずにはいられなかったように、最後の物語もこの世の時代にリンクしているとしたら、この物語りから読み取れる未来ってどんなものなんでしょうね。竜のとらえ方、生と死の世界のとらえ方など、西洋と東洋の違いを感じたりもする物語ですが、その違いの部分も含めて、読み込んでみると面白いかもしれませんよ。



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by sound-resonance | 2018-02-13 22:32 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

ルグインさんとゲド戦記

いやはや、寒いですね。昨日は大阪でも雪が降りました。積もるというところまではいかず「雪が舞った」くらいですが、とにかく寒いです。透音も、すっかり風邪を引いてしまい、関節、筋肉が痛いです・・・、ん?私、風邪とインフルエンザの違いがよくわかっていないんですが、関節とか筋肉が痛い全身症状って、インフルエンザなの!?熱はそんなにないんだけど・・・、ま、暖かくして安静にするにこしたことはないんで、週末はおこもりしようと思います。みなさまも、十分暖かくしてお過ごしくださいね。

それはさておき、22日にアーシュラ・ルグインさんが亡くなられたそうです。アメリカの、SF.ファンタジー作家さんですが、「ゲド戦記」が一番有名かもしれません。

「ゲド戦記」は、長らく3部作として知られていましたが、3部作が出版されてほぼ20年を経て、第4部が出版されました。当時大学生だった私は、卒業論文のテーマがなかなか決まらずもんもんとした毎日を送っていました。そんな中、友人から「ゲド戦記」の4巻目が出たという情報をゲット、これはもうこれを題材にするしかない、と決めたものの、なかなか日本語訳が出ない・・・どうも、日本語版の出版が予定よりも遅れていたようなのですが、タイムリミットが近づく中、今さら他のテーマに変更するわけにもいかず、原著で読まざるをえなくなり、必死・・・なんとかかんとか卒論の締め切りには間に合ったものの、なんだかさんざんな内容になってしまい、なんとか及第点はもらえたものの、消化不良のまま卒業、ということになってしまいました。

今でも、時々本当は卒業の単位が足りなくて、仮免許状態、単位取得の執行猶予が迫っているのに、学校に通えていない・・・みたいな夢を見ることがあります。もしかして大学を卒業したと思ってるのは私だけ?と思って、わざわざ実家まで、卒業証書の現物を確認しに行ったことも・・・(笑)、もちろん卒業証書はちゃんとあるので、卒業できているんですが、それだけ不本意な感じが残っているということだと思います。

ゲド戦記は、すでに3部作としての一定の評価を受けていた作品だったので、ルグインが新たな物語を興すのではなく、あえて「ゲド戦記」の続編として4巻目を発表したところに、ルグインなりの、現代社会における問題意識と、それに対する解決の方向性が書かれているのだ、と期待して、わざわざ4巻目を卒論のテーマに据えたんですが、当時の私は、ルグインさんの問題意識はなんとなく感じとったものの、そこに「解決策」は、見いだすことができなかったのです。

それは、私の英語力が足りないからだ、と思っていました。大学卒業後やっと出た日本語訳も、今さら感プラスなんとなく怖くて、読めずにいたんですが、それから数年後に読んでみると、私の理解はあながち間違っていなかったのかもしれないと思うようになりました。

日本語版では、4巻目のタイトルは「帰還」となっていますが、原題は「Tehanu(テハヌ)」です。
テハヌとは、親に焼き捨てられようとした女の子。火の中に投げ入れられたので、ひどい火傷を負っており、顔にもケロイドが残っています。彼女は、2巻目の主役であるテナーに引き取られます。1巻目の主人公、というか、この物語全体を通してのタイトルとなっているゲドは、魔法の力を失い、故郷に帰ってきて、テナーと暮らし始めます。もはや魔法の力を持たないゲド、もはや大巫女ではないテナー、そして、火傷を負った少女、テハヌ。テハヌが、人間と龍をつなぐ架け橋となる子どもであり、次の時代の鍵となるようなことは暗示されますが、彼らを襲う悪意に対して、圧倒的な力を持って対抗し、打ち倒すカタルシスはこの物語にはないのです。

ゲド戦記の5巻目、「アースシーの風」が出版されたのは、4巻目の出版からさらに10年あまり後、物語は、4巻目で長い間宙ぶらりんのままでした。作者であるルグインの中には、4巻が発売された時に、最終巻の構想があった可能性もありますが、結論、未来の見えないまま、それでも、3巻で終わらせてしまうことへの作家としての納得のいかなさから、4巻を書かざるをえなかったというのが本当のところではないでしょうか。

2006年にはスタジオジブリによって映画化されて、賛否両論がわき起こりました。というか、原作を先に読んだ人からはいい評価を聞いたことがありません・・・私も、見ないまま批判するのもと思って鑑賞しましたが、大半の方がおっしゃっているように、また、原作者自身も述べているように、原作とは違った作品であると思ってみたほうがいい作品です。

映画の中心となっているのは、原作でいうと3巻だと思うんですが、どうして4巻目から初めて登場するテハヌを出しちゃったんだろ・・・テハヌの顔の火傷の様子が、ピンク色で色分けされただけの表現だったのからして違和感がありました・・・最後にドラゴンに変身した彼女に世の中を救わせたかったのはわからなくはないんですが、それでは、あえて一旦完結したかのようにみえていた3部作の扉をあえてこじ開けて続きを書き始めたルグインの意図が全く反映されていないのです。

まあ、映画から「ゲド戦記」を知ったという方も多いかもしれないので、そういう方は是非原作を読まれることをおすすめします。

正直なところ、卒論に取り上げたという意味で、ゲド戦記は思い出深い作品ではあるんですが、好きか嫌いか、ということでいうと、また違った感想があったりして・・・フェミニズム色濃い作家だといわれることも多いルグインさんの逝去の知らせに、ひとつの時代の終焉、そして変化を感じずにはおれません。心よりご冥福をお祈り申し上げます。


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by sound-resonance | 2018-01-27 15:10 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

究極の治療法と登山

前回の続きです。

前回、特定の宗教というのは、何かしらの「気づき」のための入り口にすぎないのでは?ということを書きました。

「治療」・「ヒーリング」にも同じことがいえると思います。

以前、随分昔ですが、気功や鍼灸など東洋医学系の治療家さんとお話している際に、おっしゃったそのままの言葉ではないかもしれませんが「自分は誰もに効き目のある究極の治療法が知りたい。これぞという方法が見つかっても、それが劇的に効く人と、全然効かない人がいるのが不思議だ」というようなことをおっしゃっているのを聞いたことがあります。その時には、その方を満足させることのできる返答をとっさにはできず、聞くだけ、になってしまったのですが、うまく説明できないながら、なんとはなしに違和感があったのをよく覚えています。

その方にはお返しできなかったんですが、返事として有効かもしれないな、と思いついたのは、山の例でした。

ま、どこでもいいんですが、わかりやすく例えば富士山に登りたいとします。目指すは、富士山の頂上、これに関しては、誰もが共通の目標として認識できるものであろうと思います。でも、そこに行き着くためのルートというのは1つではないんですね。

ちょっとググってみると、富士山の登山ルートは、4つあるそうです。すなわち「吉田ルート」「須走ルート」「御殿場ルート」「富士宮ルート」の4つ。私は、この4つのルートを制覇したわけではないので、定かではありませんが、より初心者に向いているコースであるとか、より景色が綺麗なルートであるとか、より短時間で頂上にたどりつけるルートであるとか、ルートによってそれぞれの特徴があるのではないか、と思います。登山者は、それぞれのルートのそれぞれの特徴を先人達の体験談を元にした情報を見ながら、どのルートで登るのかを決めるわけです。

また、富士山の例でいうと、4つのルートはいずれも富士山の5合目あたりから入っていくので、5合目までは、公共機関なりマイカーなどで上がるのが一般的みたいですが、1合目から5合目までも、ゆっくりと自分の足で登る、という方法もあるわけです。

で、どのルートを使っても、もし頂上までたどり着くことができれば、それは当初の目標達成。富士山登山成功、になるわけですね。

ヒーリング、治療にも同じことが言えるのではないか、と思います。何かしらの症状の治癒、回復が目的であるというところに関しては、その症状を持つ人すべてにとっての共通の目的、目標であると思います。でも、治癒、回復までの過程、方法(ルート)というのは、人それぞれなのではないでしょうか。

登山において、「登山時間が短い」ということが特徴のルートというのは、大抵は急な角度の坂道を歩いていかなければならないことになります。それには、相応の体力が必要となるでしょう。ある程度の登山経験、テクニックが必要かもしれません。

「治療」ということでいうと、早く治りたい、あるいは治したいと思うのが人情かもしれませんが、それ相応の体力のない方にとっては、スピーディな治療がその人には全く適当ではないこともあるのです。

また、天候などによって、最適だと思われたルートの変更を余儀なくされる場合もあると思います。人間の身体は有機的なもの。天候と同じで、刻一刻と状況を変えていきます。絶対的な決定版の治療方法などありえないと考えた方が真実に近いのではないでしょうか。

さらに人間には、個人個人によってこれまでの経験によって蓄積された思考や歴史があります。身体の症状だけとってみれば最適だと思われる治療方法も、何かしらのその人の持つ思考やその思考から派生する感情によって、効力を発揮しない場合もありうるのです。

というわけで、多種多様な治療法が存在しうることについては私の中ではさほど疑問ではないのです。その人それぞれが、その人の状況に応じた方法を見つけることができればいいな、と思うのみでございます。ただ、特にいわゆるスピリチャルの世界には「探すこと」そのものが目的にすりかわってしまっている方もちょくちょく見受けられます。そういう方々をターゲットにした悪質なスピリチュアル商法が蔓延しているのもまた事実としてあるところ。スピリチュアルコレクターになっていないか、振り返ってみるのも時には必要かもしれませんね。


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by sound-resonance | 2018-01-11 20:52 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

無我の体験

年あけから早くも三分の一近く経過し、そろそろお正月ムードも急速に抜けてきつつある今日この頃、みなさまいかがお過ごしですか?4日が初出勤で、4、5日と2日出勤したら、また三連休、という会社員の方も多かったかもしれません。

成人式は関西はあいにくの雨で、晴れ着を着た新成人の方には少し気の毒な感じもありましたが、気持ちはフレッシュ、晴れ晴れとした気持ちで成人式を迎えられた方も多かったかもしれません。成人式が1月15日だった頃には、とんど焼きやなんかも15日にやっていたような気がして、15日くらいまでお正月という気分がありましたが、今は、どんど焼きも成人式の日程に合わせて行うところが多いようです。そう思うと、お正月も短くなっちゃいましたね(苦笑)

私的には、大晦日から元旦にかけて謎の腹痛に見舞われ、強制断食から突入した2018年、寝込んでいた時には後味の悪い夢まで見るし、なんか幸先悪いじゃん、とかなり落ち込みモードだったんですが、ありがたいことに今は腹痛も寛解し、おかゆから始めておかずも食べれるようになりました。ちなみに、年があけて初めて食べたのがおかゆだったので、7日の七草がゆはスルーしました(笑)

ブログの方も、正月早々、マザーテレサの心の闇といういささかディープな話題から始まりましたが、今その流れで1冊の本を読んでいるところです。バーナデッド・ロバーツさんの「無我の体験」という本。

当初「自己喪失の体験」として最初発行され、長らく絶版になっていたものの復刻版です。「自己喪失の体験」を図書館で借りて本で手に入れたいと思いつつ、絶版になっていて手に入らなかったので、復刻版が発行されてすぐぐらいに手に入れていましたが、そのままにしていたもの。マザーテレサは神との合一体験の末、神の不在に苦しめられましたが、著者であるバーナデッドさんは、神との合一、そして神の不在を体験し、そしてその後にやってきたことを体験を元に本に書かれています。

一度昔読んではいるものの、新訳だからか、初めて読むような感覚で読んでいて、まだ読みかけなので、全体の感想は読み終わってから書こうと思いますが、厳格なキリスト教の家で育ち、修道院で修道女として過ごしたこともある著者が体験したこと、そして体験を通して気づいたことが「禅」にも通じると感想を書いている方がおられる点が興味深いです。今の私は個別の宗教にはさほど興味がないのですが、究極的な体験のところで、宗教の枠を超えていく感じというのは面白いな、と思います。

たまに、自分の信じる宗教が絶対他の宗教よりも優れている、というのか、他の宗教では救われなくてもこの宗教であれば救われる、自分はこの宗教に入って救われた今とても幸せである、だからあなたにもこの宗教のことを知ってほしい、といったような方がいらっしゃいます。それはそれで、真実なのだと思います。でも、特定の宗教を持たない私からすれば、特定の数ある宗教の教義というのは、入り口にすぎないのではないか、とも思ったりもするのです。

というあたりで続く

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by sound-resonance | 2018-01-09 21:29 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

マザーテレサと神の不在

以前、もう随分前の話になりますが、大人になってからクリスチャンになった友人が「マザーテレサ」のメッセージの入った日めくりのカレンダーをくださったことがありました。年の入っていない日めくりのカレンダーなので、毎年繰り返し使えるというもの。日めくりなので毎日めくらないといけないんですが、無精故に、いつからかめくるのを忘れたりして、カレンダーとして機能していなかったところ、年が変わったので、急に思い出した次第。

マザーテレサ。1979年にノーベル平和賞を受賞。1997年に亡くなってから、異例の早さで2016年には列聖され、バチカン教会から聖人と認定されました。列聖というと、普通は何十年、何百年とかかるイメージがあるので、自分と同じ時代を生きていた人が、「聖人」になるというのが、なんとも不思議というのかびっくりした記憶があります。

一生を信仰に捧げた献身愛に満ちた聖女、そんなイメージのあるマザーテレサ。ところが、彼女が生前心の中に闇を抱え、神の存在を信じる心の揺らぎを感じ苦悩していたことが明らかになり、世界中に衝撃が走りました。彼女が霊的な指導者である数名の神父あてに出した数十通の手紙が出版されたことによって、その苦悩の様子が広く一般にも知られることになりました。

18歳の時に修道女としてインドに渡ったマザーテレサは、当初カルカッタの学校で地理と歴史を教えていました。彼女に転機が訪れたのは彼女が36歳の時、ダージリンに向かう列車の中で「修道院を出て貧民街に行き、貧しい人々への奉仕活動に携わるように」との召命(しょうめい)を受けたことがはじまりでした。彼女の前にイエス・キリストが現れ、彼女に向かって語りかけてきたのです。彼女は当初とまどい、これまで通りの生活をさせてほしいと願いますが、イエスはそれを聞き入れません。イエスに身も心も捧げるというのなら、私の願いを聞き入れるように、とイエスは彼女に迫るのです。ダージリンからアンソールに移り、瞑想の日々を送りながら、そんなイエスの言葉を彼女はじょじょに受け入れ、学校を出て、貧しい人達の中で生活する決心を固めます。

その当時の様子を「アサンソールでは、まるで主(イエス)が私に自分を丸ごとくださったようでした。しかし甘美で慰めに満ち、主と固く結ばれた6カ月はあっという間に過ぎてしまいました」と述べています。

彼女は再びカルカッタに戻り、貧しい人々の住むスラム街での奉仕活動を始めます。しかし、その後、どれだけイエスがのぞんだ奉仕活動を続けても、キリストとの甘美な月日は二度と来ることはなく、彼女は心の中に深い闇と、癒されない渇望を抱くことになったのです。

このような神と出会い、まるで神と一体となったような体験(合一体験)と、その後の神の不在体験は、キリスト教における神秘体験として知られているものと考えられるので、マザーテレサのみが体験したものではありません。しかしながら、マザーが神の不在をこの世の生がつきるまで抱き続けていたことは衝撃的であり、心の痛むことですね。

不謹慎かもしれませんが、マザーの語ったイエスとの合一体験は、乙女の恋愛体験そのもののようにもみえます。彼女の体験は、まさに神の花嫁になること、神との結婚だったのではないでしょうか。6ヶ月の蜜月は過ぎ、イエスは彼女の元を去り、還らない人を待ちながら、彼女は彼の言いつけを必死で守りながら暮らすのです。うーん、そう書いてしまうと、イエスってひどい男ですね・・・・・

ま、それは冗談にせよ、彼女の苦悩は、神を「外」に設定したことにあるのではないか、などとも思ったりもするのです。彼女はあくまで奉仕するものであり、与えられる側の存在でした。いや、そんなことはない、彼女は多くの貧しい人に与え過ぎるほど与え、今でも彼女の言葉は多くの人の胸を打ち、感動を与えている、彼女は与える人だ、と人々は言うかもしれません。本当にそうなのだとも思います。でも、彼女の中の見解では、彼女自身は神、もしくは神の子ではなく、神、あるいは神の子はあくまでもイエスであり、彼なくしては彼女はまた存在しないのです。

でも、イエス本人はそんなことを伝えたかったのかな?、と個人的には思ったりもするのです。自分が神の子であるように、あなたがたも同様に神の子である、イエスはそう言いたかったのではないか、そう思ってみたりもするのです。最初はイエスの意志であったとしても、その意志がマザーテレサの意志そのものになったのであれば、彼女はそこまで苦悩する必要はなかったのではないでしょうか。ま、あくまでも、外側からの意見ではありますが。

という辺りで、次回はマザーテレサのホロスコープについて触れてみたいと思います。


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by sound-resonance | 2018-01-05 20:38 | 観る・読む・聴く | Comments(0)

ちょっと怖い歌

先日記事にした再生したろうそくなんですが、早速使ってみると、ちゃんとろうそくとして火が灯り使えました!が、やっぱり芯がかたよっていたので、ロウの溶け方が偏ってしまい、芯が燃え尽きるまでにロウがたくさん残ってしまいそうです。ま、また再生すればいいんですが、色を混ぜてしまったので、煮とかしたらとんでもない色になりそう(笑)再生はある程度のろうそくの残りがたまらないとできないので、次の再生まで時間があきそうですが、いろいろと試行錯誤してみたいと思います。

ま、それはいいんですが、ろうそくに火を灯すのは好きなんですが、「ロウ」という言葉はほんのり怖いです・・・・たぶん理由は2つあって、ひとつは「ロウ」という言葉で「蝋人形」を思い出してしまうから。

随分昔ですが、若い頃どこの国だったか忘れましたが、ヨーロッパ方面を一人旅している時、あまりにも暇だったのでなぜか蝋人形館に入ってしまい、えらい目にあいました。中は暗く、入った瞬間に後悔したんですが、後のまつり。人はまばらで、私の前にカップルが歩いていたんですが、くっついて歩くわけにもいかず、ひとつの部屋から次の部屋に移る度にドキドキ。

私が蝋人形館に入ったのは後にも先にもこの時一度きりなので、私の入ったのが一般的な蝋人形館なのかは定かではありませんが、暗い歴史的場面の連続で、基本的にこういう類いの施設って、「怖がらせる」ためにあるのだな、ということを痛感しました・・・・(笑)

ちなみに、館内で、日本人が2名いましたが、誰だと思いますか?


正解は、一人目は、オノヨーコさん、そして、二人目?は、腹切りの侍でした・・・・この日本人二人がとなりあわせに無造作に置いてある・・・シュールすぎる風景・・・ざっくり日本のイメージってこうなんだ、と痛感させられもしたんでした・・・(笑)


怖い理由のもうひとつは、「勇気ひとつをともにして」という歌。NHKの「みんなの歌」で子どもの頃ラジオからこの歌が流れてくる度にものすごく怖い思いをしていました。今でもタイトルを書くだけでも怖いです・・・ギリシャ神話のイカロスの話を題材にしているこの歌、イカロスがロウで固めた鳥の羽で大空に飛び立つものの、太陽に近づきすぎてロウが溶けて落下して死んでしまう、このくだりが超怖かった、しかもこのイカロスの行為が「勇気あるもの」として語られているのが、子ども心にもなんだか変だなという違和感があり、余計に怖かったのだと思います。

歌の意図としては「勇気」の部分だけを受け継げという意味なんでしょうが、勇気出して、ロウで固めた鳥の羽で飛んでみろ!と言われているようなそんな気分になりました。え!?落ちるのに!??みたいな・・・・・うちの家は朝からNHKのラジオを流している家だったので、みんなの歌でこの歌が取り上げられていた期間中朝から半強制的にこの歌を聞かねばならず、かなりのトラウマを背負うことになりました・・・

この歌を怖いと思っている人って案外多いみたいで、ネットで調べてみるとトラウマ曲のかなりの上位に上がってきます。そうか、みんな怖いと思っていたのね。

無鉄砲さが時に新しい風を運んでくることもありますが、それは「勇気」とは関係のないことだと思います。熱が加われば、固化していたロウは溶け出す、そのことを十分に理解した上で、ぎりぎりのかけに出たのであれば勇気かもしれないけれど、イカロスは忠告をきかずに翼と自分の力を過信しただけなので、それは勇気とは言えないのです。

しかし「ロウ」という言葉で、ウン十年前のトラウマがよみがえってくるとは・・・・感情面に直接訴えてくる、歌って本当に影響力が大きいですね。


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by sound-resonance | 2017-12-27 20:25 | 観る・読む・聴く | Comments(0)